第19話 どけよ、龍夜
「急げ、急げ急げ!」
男は暗闇を駆けていた。ただ一人息を切らして駆けていた。
「早く龍夜さんに伝えないと! あれはヤバイ、ヤバすぎる!」
語彙力が低下するまでの恐怖。
それでも男は足を震えさせようと足を止めなかった。
託されたからだ。任されたからだ。
『お前が一番足が速いし、スタミナがある! 急いで龍夜さんに伝えるんだ!』
そう信じて送り出した四人は全員ミイラとなった。
島田からの依頼で島に訪れた二〇人も今や一人だけ。
元々、鬼が現れたらその武器で住民を守れという単純な命令を受けていた。
最初は誰もがホラ話だと笑い飛ばしたが、暗闇に閉じこめられてから状況は一変する。
頭を撃ち抜こうと死なないゾンビ、通信は繋がらず、外に脱出できない。
後はもう生き残るために他人を襲い物資を奪うだけ。
一〇人いた仲間を半数まで失い、五人となった頃、神社を襲撃した。
結果はたった一人に呆気なく惨敗した。
「けど、あの人は!」
敵だろうとケガの手当をしてくれた。食事を与えてくれた。
化け物により命奪われかける因果に陥ろうと見捨てることなく助けてくれた。
「あ、あの人は敵である俺たちを助けてくれた! 見捨てなかった!」
打算的な企みなんてない純然な善意で。
利用するために、捨て駒とするために助けなかった。
「あんな人がいたお陰で俺たちは救われたんだ!」
男は昔を過去を思い出す。
高校の頃、エースストライカーとして名を馳せていた。
試合では連続得点を決めチームの勝利に貢献する。
楽しかった。パスを繋いで花を持たせてくれた先輩、ミスをしようと即フォローに入る頼れる後輩、同輩と目を合わすことなく自然体でフォーメーションを組んでは相手チームを翻弄した。
プロチームからのスカウト話も舞い込んできた。
これから始まる全国大会。チームの仕上がりは今までにない最高だ。この調子なら今度こそ優勝できる!
そんな夢、呆気なく弾けた。
父親が飲酒運転の果てに人を殺したのである。
全国大会出場権を守るため、ただ一人チームを辞めさせられた。
今まで応援してくれた者たちは手のひらを返すように人殺しの子だと後ろ指を指す。
学校では居場所を失い、家だって誹謗中傷により安らぎなどない。
後はもう落ちるとこまで落ちていくだけだ。
誰からも助けてもらえず、誰も近寄らない。
気づけば同じように傷を持つ者たちと集まるようになった。
誰もが将来を嘱望されながら、たった一つの不幸で未来を潰された者たち。
野球で肩を壊すなり放校された。身に覚えのない喫煙で退学にあった。暴漢に襲われる人を助けただけなのに、ボクサー資格を剥奪された。女子トイレを覗いた、下着を更衣室から少し借りた。高齢者から言葉巧みにお金を頂いた等々。
ムカつく奴を集団でボコるか、どっかから金をせしめるかの日々。
ある日、仲間の一人が暴力団の金に手をつけてしまい、全員海に沈められかけた。
その時、現れた島田なる男に助けられて以来、半ば仕事を受けるようになる。
表向きは建設会社のアルバイトときた。
「島田さんは確かに金払いも面倒見もよかったけど失敗には容赦なかった!」
仲間の一人がとある物を運ぶ際、外箱の角を少しぶつけた程度で病院送りにされる。
表向きは階段から派手に転げ落ちたとされた。
そう証言もした。させられた。誰も島田に逆らえなかった。
「優希の姐さんは俺たちに発破をかけてくれた! 人間不信だった俺たちに再び誰かのために動くきっかけをくれた!」
だからこそ、何が何でも神社までたどり着かねばならない。
「伝えないと、龍夜さんの弟が神社に向かっていることを!」
男はただ一人、暗闇を駆ける。
明かり灯す神社目指して瓦礫踏み分け走り続ける。
背後から音もなく迫る影にわき目もふれず。
「「「「「あ~わかんね~!」」」」」
勇、茂、進一、隼人の四人は揃って頭抱えては八畳部屋の中を右に左に転がり続ける。
一人程度ならまあ許せるが、四人同時にやっているのだから畳は軋む、戸棚は揺れると、もはや小さな震災だ。
転がり回ろうと誰一人衝突しないのだから不思議である。
「宝! 鬼の宝ってなんなんだよ!」
「腹にまで来てるのに、思い出せねえ!」
「こんちくしょう、ネットに繋がらなければゲーム内の勇者もリアルじゃただのガキだ!」
「ほんと、ネットのどっかで見たんだよ、鬼の宝!」
噂をすれば影が差すとある通り、鬼の話をするからこそ鬼を招く。
「あんたたち、うるさいわよ!」
襖が勢いよく外から開かれ、優希が怒気こもりし声で叫ぶ。
「ぎゃ~鬼姉! あいたっ!」
絶叫する勇に下るは姉のげんこつ。
痛みに悶絶する勇を前に、茂たち三人はそそくさと部屋の隅に避難していた。
生け贄は一人で十分と言わんばかりに。
「荒木のおじいさんの善意でこの部屋使ってあれこれ考え合うのは良いけど、他の人たちからうるさいって苦情きてんのよ! 後、龍夜がすぐ側の部屋で寝てんだから起こすな!」
「「「「はい!」」」」
兄弟子を起こしてはダメだと、龍夜の名を聞くなり全員借りてきた猫のように静かとなる。
その素直さ、何故普段から出せぬのか、優希は頬を引きつらせていた。
「痛ってて、龍夜兄ちゃんとは出かける前まであれこれぶつかってたのに、帰ってくるなり優しくなるなんて、姉ちゃん、何したんだ?」
「なにもない」
素面顔で優希は呆気なく否定している。
だが、勇は弟として姉の微々たる変化を見抜いていた。
今まで不機嫌気味に鋭かった姉の口端が柔らかくなっているからだ。
これで何もないなど嘘が下手すぎる。
カマをかけずにはいられない。
「え~本当に~」
「否定するところが怪しい」
「二人っきりだったんでしょ?」
「これはもう大人の階段行ってるんじゃないですか~」
「お~つまりは龍夜兄ちゃんが俺の義――いえ何でもありません!」
鬼の一睨み、弟を黙らせる。
勇の引き際に連動して茂たちも余計な一言を口走らぬよう口元を抑えていた。
「龍夜の手助けがしたいのは分かるけど、程々にしなさい」
「「「「へ~い」」」」
焼き尽くすような怒りの眼差しに対して男児四人はぬるく返す。
「まったく本当にわかっているのかしら」
頭を抱えて龍夜が休む部屋に向かう優希を見届ければ、四人は目配せするなり円陣を組んでいた。
こっそり覗き見るのは野暮だからだ。
「さて仕切り直そうか」
勇の発言に誰もが静かに頷き返す。
この帳から脱出する方法。
鬼の宝とは一体何か?
知恵を絞りあい、情報の整理と考察を繰り返した。
その時だ。外から助けを呼ぶ声がした。
次いで近くの部屋より襖が勢いよく開く音がすれば、駆け抜ける音が暗闇を走る。
「なんだなんだ!」
子供たちとて後を追わずにはいられない。
龍夜は外からの声に目を覚ました。
後はもう布団から飛び出すなり、日本刀片手に部屋を飛び出している。
「死霊が現れたって騒ぎじゃないなこれは!」
避難民の心理的負担を軽減するため、神社にたむろする死霊は片づけてある。
新たな死霊、いや変異体が現れたのか。
敷地内を駆ける龍夜は避難民をかき分けるだけでなく、手頃な木を足場にして駆け上がれば社務所の屋根に飛び乗った。
高所からいち早く状況を把握するためだ。
マジックアイテムなど非使用の純粋なまでの身体能力だった。
「た、龍夜さん! た、大変、だ!」
発生源は救助で外に出ていた五人組の一人。
武器一つ持たぬ姿で激しく息を切らしながら走ってくる。
「一人、だと? 他の奴らはどうした!」
新たな変異体にやられたのか、龍夜は表情を警戒に染めながら声高に叫ぶ。
「み、みんな、やられてしまった!」
男の叫びに避難民たちは何の騒ぎかと出入り口側に集ってしまう。
「全員奥に下がれ、危険だ! 何か来る!」
違和感が胸の内で駆け抜け、怖気を走らせる。
暗闇を走るのは男一人。なのに言いようのない恐怖が龍夜の心を締め付ける。
「み、みんな、みんな、白、ろ、はっ!」
後一歩、後一歩踏み出すだけで神社にたどり着いた男の足は宙で止まる。
まるで動画の一時停止を押したように不自然に止まっている。
激しく全身を痙攣させれば、瞬く間に眼孔は窪み、皮膚は干からびていく。
一分も経たずして服を来た干物人間のできあがりだ。
「きゃあああああああっ!」
目の前で男が瞬く間にミイラとなっていく光景に悲鳴が上がる。
後はもう押し合いへし合いの大騒ぎだ。
「ここは安全じゃなかったの!」
「ば、化け物だ! 化け物が出た!」
「だ、騙されたんだ。俺たちをまとめて殺すつもりでここに集めたんだ!」
悲鳴と恐怖は伝染し、人々をパニックに陥れる。
設営されたテントは押し倒され、鍋の中身がぶちまけられる。
またテントの布にコンロの火がつき、瞬く間に燃え上がった。
片足で停止していたミイラが乾いた音を立て倒れる。
「クズがわんさかとうるせんだよ」
殺の籠もった声がパニックとなった人々の心を押し潰す。
その一声で誰の足も恐怖で縫い止められ、動けなくなる。
暗闇より靴音が響く。死の迫る音がする。
「数だけは――ぐぬっ!」
靴音の主が敷地内に踏み込んだと同時、ダンと力強い踏み込みが反響する。
暗闇に銀の疾風が走るなり龍夜と瓜二つの首が高く舞う。
「す、すげえ」
「躊躇、なしかよ」
社務所の屋根から飛び降りた龍夜が遠慮も呵責もなく抜刀し、侵入者の首を斬り飛ばした。
燃えるテントの火の明かりを背後に受けながら龍夜は日本刀を握りしめたまま叫ぶ。
「死にたくないなら、さっきの奴みたいにミイラになりたくないなら全員、山に避難しろ!」
仕留めてはいない。首を切り飛ばそうと奴は生きている。
まだ胸を締め付ける違和感は失せず、それどころか増していく。
日本刀持つ手が震える。武者震いではない。
これは恐怖。命を奪い去る理不尽で不条理な死の塊が目の前にいる。
対峙してからこそ分かる。
身を心の底から凍てつかせる圧迫感、異世界スカリゼイで対峙した魔王と同等互角か、それ以上だ。
「おいおい、久々の再会なのに、いきなり首斬り飛ばすかよ、普通」
「斬り飛ばしても普通に喋る身内を俺は知らないな」
龍夜と対峙するは瓜二つの顔。
一卵性双生児の双子の弟、白狼。
不遜な目つきは記憶にある姿と変わらず、違うのは身体の切断面より延びる黒き靄が斬り飛ばした首と繋がっていることだ。
後はコードを巻き戻す要領で元の位置に何事もなく戻っていた。
「おっと、くっつけても落ちるか、なら」
元の位置に首が戻ろうと切断痕は消えず。
ポケットから取り出した小瓶入りの液体を首にぶちまけていた。
「それはまさか!」
瞬く前に消えていく切断痕に龍夜は瞠目する。
「便利だよな、これ」
指に挟み込む形で龍夜に見せつけるのは四本の完全回復薬。
あの五人組に渡した薬が白狼の手に渡っていた。
「どけよ、龍夜。クズどもが喰えないだろう」
死が、人の形を為して日本刀を抜く。
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