第18話 一人で背負うな
これまでのお話。
優希、変わり果てた龍夜の両親のミイラに絶叫!
龍夜、抱腹絶倒のち因果応報のビンタ!(一部誇張あり)。
「ほんと最低! おばさまたちが揃ってミイラでいると気づいているなら気づいているって足を踏み入れた時に言いなさいよね!」
「あ~サーセンスネー」
左頬を赤く腫らす龍夜は鳥居前に三脚を立てていた。
結局は頬を平手で打たれた。
何故、自分がこんな不条理な目に遭わなければならないのか?
自問しようと自答に至らず。
「え~っと時間は二四時間ぐらいで当たりをつけて、よし、これで何があったか分かるはずだ」
今龍夜が設置した三脚にはカメラ型のマジックアイテムが乗せられていた。
デジタルカメラと比較して辞書ほどのサイズ。
レンズ部が中央にある石柱に向けられていた。
マジックアイテム<ヨミトコ>
場に残る残留思念を読みとり、その時何が起こったのか映像として再生するマジックアイテム。
主に事件事故による状況確認のために使用されている。
ただし、人が混雑するところや強い思念が残る場所で使用する場合、残留思念が混じり、上手く映像化できないため注意。
比較的近い時間軸ならば読み込みは短く済むも、日が経つほど読み取る時間は長くなる。
一年以上前の出来事は残留思念が霧散しているため、読みとれないので注意。
「あ~ノイズが多いなこれ」
デジカメのような窓枠に映像が流れ出すも砂嵐だ。
恐らくだが、強い残留思念が読みとりを阻害しているのだろう。
ダイヤルをいじることで読みとる範囲を狭め、余計な雑念を可能な限り排除する。
「後は読みとり完了まで待つと」
窓枠下部にバーらしきものが表示され、左から右へと少しずつ移動していた。
「ほんとあんた、便利なアイテム持ちすぎでしょ」
呆れるように地べたに座り込んだ優希は感嘆する。
なんでも取り出せる箱に、浮かぶ光源、欠損部位すら修復する薬と、明らかに異質すぎる代物ばかりだ。
リアルならあり得ずともファンタジーならありふれたようなもの。
「あんた、今流行の異世界にでも召還されたの?」
「ああ、召還された。そこで仲間と共に魔王を倒してきたんだよ」
読みとるまでまだ時間がかかる。
腰を落ち着けるように座り込んだ龍夜はストレージキューブからボトルを二本取り出せば、一本を優希に渡す。
これはただのペットボトル入りの水。異世界産ではないただの水である。
「さ~て、どこから話せばいいやらか」
わざとらしく龍夜は困った顔で首をひねる。
「こっちはあんたがいない一ヶ月散々な目に遭ったんだから」
鬱憤を晴らすように優希は打ち明ける。
白狼が執拗なまでに絡んでくること、一方的に都合を無視して計画を立ててくること。その母親である翔子もあれやこれやと白狼と絡ませようとしてくるからうんざりしていたこと。
「あいつは昔っからお前にぞっこんだったからな」
「そういうあんたは昔からサト姉さんにぞっこんだったわよね」
龍夜はボトルに口をつけかけるも止めた。
「そう……だったな」
一滴も口を付けることなく伏し目がちに龍夜は返す。
表情の機微に気づいたのか、気まずそうに優希は訪ねる。
「敢えて聞くけどさ、サト姉さんは? あんたのことだから探していると思うんだけど」
「死霊化していたから斬った。この世界に戻ってきて一番最初に斬った人だった……」
優希と視線を合わせず、龍夜は深く顔をうつむかせる。
「サト姉だけじゃない。道場、公民館、病院と行く先々で俺は斬った。その中にはお前の両親も入っていた」
死んでいたから斬ったなんて、体の良い言い訳だ。
死んでいようと、生きていようと人間には変わりはない。
だが斬らなければ、人として葬ることも泣いてやれることもできなかった。
「あんなのは死じゃない。生が不条理だろうと死は平等だ。死ねば誰もが終わる。けどよ、死んでも終わらない死は死じゃない。命に対する冒涜と陵辱だ」
「あっちでも人を、こ、斬ったの?」
「斬ったよ。何百人もな。斬らなければ殺されていた。斬らなければ進めなかった。魔王を倒せなかった」
龍夜は優希と目を合わさない。合わせられない。
ただ顔を俯かせたまま。時折、身体を震わせる。
「動機だって単純だ。身勝手な理由で召還されたからこそ、元の世界に帰りたかった。優希に逢いたかった」
「ふ~ん、私と再会して何するつもりだった?」
「さてね、ただ元気な姿を見られれば良かったと思うぜ」
「そう」
優希が龍夜の手をそっと握りしめる。
顔を上げれば手袋をしておらず、直に温もりが龍夜の手に伝わってきた。
「一人じゃなかったんでしょ? どんな仲間がいたの?」
「そうだな、子供にはモテるのに女性にはもてないケモ耳おっさん格闘家とか、錬金術の研究大好き弓使いダークエルフに、人体実験と読書が趣味の魔法使い、後は、俺の子種狙ってくる治癒術使いの皇女かな」
最後の仲間を紹介した途端、優希の握力が増す。
優希の顔は笑っているもカンテラボールの明かりにて生じる陰影はどこか怖い。
「それで――ヤったの?」
「ドストレートに聞くな。あ、安心しろ。俺はまだ童貞だよ。寝込み襲ってきたら、首をこうトンと手でやって沈めてきた」
優希の険が籠もった声に龍夜は嘘偽りなく返す。
返すなり優希は吹き出していた。
「ぷっ、ど、童貞って自分で言う? せっかく童貞散らすチャンスなのにさ」
険の籠もった声は途端に消え、どこか表情も軟らかい。
それでも龍夜は吐き捨てるように言い返す。
「うっせえよ、処女」
「私は結婚するまで、夢を叶えるまで誰とも関係は持たない主義なのよ」
誰と結婚するのか、龍夜が聞くのは野暮だ。
「どうだ。俺がいない間、料理の腕は上がったか?」
「最近だと修行の成果を見せろとかで一品任せられることが多いわ」
「なら久々に優希の料理、食べたいな」
「あれこれ試したいレシピあるから、それでいいのなら」
「当たり外れ多そうだな、これは」
ただ悪い気はしなかった。殺しが生活の一部として入り込み変わろうと、変わらぬものもあった。
「ありがとな、優希」
「さ~てなんのことやら」
気づけば以前通りの自然体で会話していた。
気まずさはない。ただ胸の内が軽くなった。
優希当人は素知らぬ顔で握った手を離す。
昔と変わっていない表情に龍夜は笑みを零していた。
「お、ようやく読みとりが終わったか」
ボトルの水を飲み干した龍夜は立ち上がる。
機材窓枠に顔を近づければ、側面のスイッチを押して映像を再生させた。
「あ~砂嵐かよ」
映像は砂嵐。だが、音声はしっかりと拾うことができた。
『本当にあったなんて』
驚嘆する声は母親の翔子だ。
『だから言ったでしょう。本物の手紙ですと』
一人、聞き慣れぬ男の声が混じる。
消去法からして島田である可能性が高い。
『先にも説明しました通り、元々この手紙は知り合いから頼まれたものでした』
『言っていたな。配送を託されても結局、敗戦のゴタゴタで送るに送れずのままになっていたって』
この声は白狼だろう。
やや調子と慢心が乗った声だから間違いない。
『ええ、ですからちょうど、比企家と仕事をすると知ったその知り合いが遺族の方に渡してくださいと私に頼んできたのです』
『しかし島田くん、良かったのかい? 説明会、すっぽかす形になったが、やはり出席した方がよかったのではないか?』
この押しの弱そうな一歩引いた声は父親の昴だ。
『優希ちゃんに任せたのよ。あの子ならしっかりと反対する住民を説得してくれているはずだわ。うん、流石は未来の義娘ね』
その託された子は、くそったれと叫んで壇上を後にしていますよ、お母さん。
後、勝手に義娘扱いはやめてください。
その娘さんが凄まじく不愉快な顔をされています。
『けど、島田さん、あなた大手柄よ。お父様すら知らなかった比企家の秘密を知ることができた。この事実さえあれば、お父様を黙らせて、白狼を次期当主として問題なく置くことができるわ』
『い、いや翔子さん、龍夜がまだ生きて……』
『かれこれ一ヶ月もいないのよ? きっとどこかで死んでいるわ。今回の事業が落ち着いたらお葬式をあげましょう。母親としてしっかりと弔ってあげないとね』
嬉々として息子の死を語るなど失礼な母親である。
ミイラ化し葬儀をあげられる側となるのは皮肉であった。
『手紙の通りに壷があるな。普通の壷にしか見えねえけど、本当に鬼の首なんて入っているのか? うえ、中身真っ黒じゃねえか、墨かこれ?』
『ええ、ですから……』
白狼がへそなる泉に手を入れる水音がしたのと銃声が立て続けに響いたのは同時だった。
バタリと連続して倒れる音がする。その数三。
ここで龍夜はミイラ化した両親を注視する。
弾痕とおぼしき黒点が頭部に揃ってあった。
『ふはははは、ははは、バカな家族だな。手紙一つで簡単に信用するなんて。家督問題抱える家族を騙すのはチョロいもんだ。行方不明の龍夜って息子には感謝しかない。その息子はよほど邪魔だったんだろうな』
後は島田の高笑いが流れるのみ。
控えめな声は引っ込み、どこか傲慢な声がする。
いや、これが本性なのだろう。
『鬼の首を封じたとされる壷なんてそんなのただの伝承だ。一応、保険はかけてあるが、どうせ無駄骨。しかし骨を折るだけの価値は十分にある。後はここを適当に埋めておけば家族全員揃って行方不明だ』
哄笑が木霊する。
引き上げるような水音がする。
恐らく島田がへその泉に浸かる壷を引き上げたのだろう。
『鎌倉期に作られたとされる壷だ。これは国宝級の価値があるぞ。傷一つなく泉による浸食もな、ん? 小僧、何故お前が生きている! 頭を撃ち抜いて! ひ、ひいいっ!』
島田の悲鳴に混じり、蒸気が立ち上るような音が流れる。
『か、身体、み、ミイラに! なんだこの黒い霧は! 伝承は本当だったのか! うぐっ!』
駆け抜ける音が遠ざかる。だが耳を澄ませば途中からおかしいことに気づく。
足音ではなく記憶にある重い移動音。
仮面の異形が触腕で移動する音だ。
『壷一つ手に入れるはずだったのに、俺の壷つだっぼた、の、つ、つぼぼつぼぼつつつ!』
遠くより倒壊音がする。
恐らくだが変異した島田が祭壇をぶち破り外に出たのだろう。
そして、音声は響く柏手で終わりを迎えた。
「これが発端か」
龍夜は顔をしかめながらマジックアイテムを片づける。
「おばさまたちが説明会に来なかったか理由がこれとは、信頼って重いわね」
その説明会を途中退席した優希もまだどこか決まりが悪い。
同時、勝手に義娘扱いもされたのだから機嫌も悪い。
「親父もお袋も揃ってミイラ化した。元凶の島田は逃げる途中で変異していた。問題は白狼だな」
困ったように龍夜は後頭部をかく。
変異ならば文字通り島田のように人間の姿から化け物へと変わっている。
だが、院長先生が残した動画を考察するに白狼の姿は変わっていない。
「あいつ、壷の中に手突っ込んでたぽいな、最悪だこれ」
殺されたからこそ死者となり霊体が入り込んだ。
問題なのはただの霊体でないこと。
「つまり封じられていた鬼の首が白狼に入り込んだってこと?」
「間違いなく。手入れてなければ良かったんだが、あ~バカが!」
忌々しげに龍夜は激情から怒号した。
これこそ白狼が変異することなく人間のまま闊歩している理由であった。
「あんたの異世界知識からして、その鬼をどう読み解くの?」
「異世界知識いうな。まあ、鎌倉時代から今に至るまで封印され、力を散らされ続けてきたんだ。起こるとすれば一種の空腹状態。力を取り戻すためにあれこれ食べている最中だろうよ、親をミイラにしたみたいにな」
声を聞く限り、この鬼は直に血肉を喰らうのではなく、生命を吸い取るタイプなのだろう。
本邸のミイラたちも鬼に憑依された白狼に生命を吸い尽くされた。
龍夜は両親のミイラ姿に戸惑うことも嘆くこともない。
ただ胸の内に芽生えた感情は呆れだ。
「俺がいなくなるのを望んでいながら、自分たちが先にいなくなるなんて身体張ったギャグかよ!」
「龍夜、あんた……」
優希が震える唇で声をかけるも龍夜は手で制しては言った。
「言うな、優希! あんなのでも一応は親だし弟だ。微々たるでも死を想う情感ぐらいないこともない。なにより! 死を喜べば、俺はこんな家族と同類になる! 俺は勇者であると同時に人殺しだ! 異世界を救う過程で多くの命を奪った! こうして元の世界に帰還した今じゃ殺すことに躊躇なんて、な、ゆ、優希!」
龍夜の胸の内の発露を妨げるように優希が抱きしめた。
「もういいから、あんたが言いたいこと、ちゃんとわかったから。でも、あんたのお陰で助かった人たちが異世界でもこの世界でも大勢いるのよ。後ろ向きになって自分を下卑するなんてあんたらしくないわ」
優しく、優しく龍夜の背中に手を回して抱きしめる優希はその胸に顔を埋める。
「一人で背負うな。あんたが困ったら遠慮なく支えてあげるから、あんたは誰かを助けながら前に進みなさい。それがあんたの美徳でしょ?」
一瞬だけ龍夜は見上げた優希の笑顔に見惚れてしまう。
勝ち気で言いたいことは物怖じせずストレートに言う男女に胸がときめいてしまった。
いや、元から胸はときめいていた。
異世界スカリゼイでの原動力は優希への想いだったからだ。
自分を認めてくれた女に惚れぬ男がどこにいる。
「キスしていいか?」
「天ぷらのキスなら好きなだけあげるわよ」
苦笑する優希は龍夜の胸に額を軽く当てる。
これには龍夜も吊られるように苦笑いだ。
「そうね~あんたがこの事態を解決して、生き残ったみんなで朝日浴びれたら考えてやってもいいわね」
優希はいたずらっぽく笑う。
女の唇は簡単に手に入るほど安いものではないようだ。
「さあ神社に戻りましょう。戻ったら美味しいご飯作ってあげる」
「そうだな、白狼をぶった斬るためにも力はつけとかないと」
だから龍夜は前を見る。前を進む。
その後ろに血塗られた過去があろうと一人ではない。
一人ではないのだ。
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