第17話 鬼が出るか、親が出るか

 暗き山道を龍夜と優希は歩く。

 カンテラボールが足下を照らそうと、闇は深く、先まで照らさない。

(沈黙が重い)

 すぐ隣を歩く優希は眉間を寄せては口をへの字の不機嫌面だ。

(結局、押すに押されて同行を許してしまったが、足切り落としてでも止めて、あ~いかんな)

 当たり前のように芽生える感情に龍夜は自制をかける。

 自衛のためとはいえ、異世界スカリゼイで魔王を信奉する多くの人間を殺した。

 魔王と対峙する直前では完全に人間を斬るのに躊躇がなくなった。

 勇者の力を封印しようと、心と記憶は封じておらず。

 ふとした弾みで理性のタガが緩み、殺意が漏れ出してしまう。

(殺すこと、戦うことが俺の生活の一部になってるんだな)

 もし、この島が帳に包まれていない、ごく普通の島であったなら、龍夜は今まで通りの生活を送れたのだろうかと疑問を抱く。

 ただ帰りたい。逢いたい想いで戦い抜き、生き抜いた。

 今こうして再会できたのに、気まずさが尾を引き、接しようとケンカ腰になってしまう。

(いかんいかん、悪い考えだと連鎖的に悪く考えちまう)

 思考を切り替えようと、出発前に閲覧したデータを思い出す。

 優希が記憶媒体を所持していたのは、偶然、市場食堂で拾ったからとのこと。

 巡り巡って探し物が手元に来るなど予想外だ。

(親父とてただ無能とかスピーカー呼ばわりされないだけのことはしっかりしてきたわけで)

 日頃は頼りない婿養子と言われようと、目に見えないところでしっかり島民たちのために活動していた。

 悲しきかな、見えない仕事は評価されないもの。

 だから、タワーマンションやソーラーパネルという見える仕事に舵を切ったのかもしれない。

(一概に島の誰が悪いとは言えないな。まあ島田が悪いとは言えるが)

 既に元凶とおぼしき人物は死んだ身。

 さらなる手がかりを求めて、今、龍夜は優希を連れて生家である比企家本邸に向かっている。

 もちろん、万が一を想定して保険はしっかり用意していた。

(優希の奴、あの手袋、えらい気に入ったみたいだし)

 ちらりと横目で隣歩く優希見る。

 ジャージの上から手甲に脚甲を装着し、左腕には盾を握っている。

 龍夜が異世界スカリゼイで使っていた装備の予備だ。

 プラス、その手には龍夜を殴り飛ばした手袋、地搬の剛手もあった。

(一応、自衛手段は必要だから同行する条件として装備させたが、何も出ないことを祈るぜ)

 特に警戒すべきは変異体だ。

 今の龍夜ではマジックアイテムや回復薬を併用してギリギリどうにか勝てる脅威。

 仮面の異形との戦いですら、あの五人組の援護がなければ勝てていたか怪しいものだ。

(白狼が変異していた現状を考慮して、親父とお袋も変異している可能性を捨てきれない。勲おじさんみたいなパターンだな、こりゃ)

 もちろん、公民館の件、改めて勇や優希に伝えてある。

 優希は泣かなかった。ただ涙を堪えていた。

 大丈夫、と声をかけるのは独善だと思い、敢えて何もしなかった。

 そして今現在、再会以来の気まずさが尾を引いてか、互いに沈黙を保ったまま山道を進んでいるのであった。

「見えてきたわ」

 優希が立ち止まり言った。

 山道から見下ろす形で塀に囲まれた平屋作りの家屋。

 祖父宅と似たような造りであり、差異があるとすれば、離れがあるか、社があるかぐらいだろう。

「ふむ」

 カンテラボールの光を消した龍夜は単眼鏡ヤミールを取り出し、生家を覗き見る。

 祖父宅に劣らず多くの使用人が勤めているのだが、死霊となって徘徊する姿は見当たらない。

「ん~中に誰もいないわね」

 ヤミールを優希の方に向ければ、双眼鏡を手に本邸を覗いているときた。

 光学センサーつきの代物を借りてきているとは抜け目ない。

「周囲に敵影なし。そのまま勝手口から入ろう」

 本邸裏側、左端の塀には使用人が普段使用する勝手口がある。

 主に買い出しの際に使用される扉は開かれ、四角い口を開けて中へと誘い込んでいるように見えてしまう。

「誰もいないなんて不気味ね」

 敷地内に足を踏み入れた優希は警戒を声に宿して周囲を睥睨する。

 死霊との戦闘を予測した龍夜だったが、予測を裏切る展開に拍子抜けした。

「いや、誰もいないんじゃなくて、誰もいるが既に死んでいるが、正しいみたいだな」

 優希に留まるよう手でサインを送る。

 廊下に誰かが倒れている。和装からして使用人の一人のようだが、干からびた状態で事切れていた。

「み、ミイラ?」

「ああ、院長先生と同じだ」

 意を決して屋敷内に土足で足を踏み入れてみれば、所々に使用人たちが干からびた姿で倒れていた。

 顔を確かめたくとも、干からびているため誰か分からない。

「う、動かないわよね?」

 声震わせる優希に龍夜は平坦な声で返した。

「動くことはないだろう。何しろ、カラッカラの空っぽの肉体だ。霊体が入り込みたくともスカスカだから入るに入れないが正解だな」

 死霊が徘徊していないのも、光学センサーの双眼鏡で熱量を補足できないのもミイラ化が原因であった。

「あんた、院長先生と同じってさっきいったけど」

「病院で院長先生がミイラ化する映像を見た。ただそれだけだ」

「じゃあ、原因がなんなのか知っているわけ?」

「これはあの五人組にしか話していないが、白狼が変異して島内を移動しているぽいんだ」

 外を出回る以上、必要事項として伝えた。

 ミイラ化の原因を龍夜が今打ち明けるのは場の流れだ。

「その映像には白狼が院長先生をミイラ化する瞬間が映っていた」

「あのバカ! 兄も兄なら弟も弟! だからバカ双子なのよ!」

 優希は唇を噛み叫ぶ。

「その片割れを前にして酷くね?」

「事実でしょうが!」

 一ヶ月も行方知らずだった罪は優希の中でかなり重罪のようだ。

 ご機嫌取りに老舗料亭に連れて行こうが、匠の包丁を贈ろうが帳消しにはならないだろう。

「と、とりあえず行くぞ」

 目的は本邸裏にある社の調査とへそなる泉の発見だ。

 そのまま二人は社へと難なくたどり着いた。

 普通乗用車がすっぽり入りそうな大きさの社が二人を出迎える。

「ここも開きっぱなしかよ」

 先祖代々の魂を祭る社は罰当たりにも大きく開かれたままだ。

 中をカンテラボールで照らせば、祭壇と思われる残骸が散らばっていた。

「ふむ、飛散する破片から推測して、中から何かが飛び出してきたようだな」

 残骸が内ではなく外へと飛び散っているのがその証拠。

「なに探偵ゴッコしてんのよ。ほらさっさと行きなさい」

「靴を蹴るなっての」

 優希の靴先が龍夜のブーツの踵を叩き、行動を急かしてくる。

 渋面作る龍夜は一応の警戒を重ねて中へと足を踏み入れた。

「隠しも仕掛けもへったくれもないな」

 祭壇があったはずの位置の床板は内部から打ち抜かれる形で大穴をうがっている。

 祭壇といい、痕跡からして出入口以上の何かが地下から外に出たのだろう。

 カンテラボールで照らせば、下へと続く石段が露わとなる。

「さあ、行くわよ!」

「押すなっての!」

 意気揚々と背中を押してくる優希を龍夜は押し留めた。


 暗き地下道へ続く石段を龍夜と優希は降りる。

 ひんやりとした空気と土埃の匂いが二人を出迎えた。

「当たり、のようだな」

 ふと立ち止まった龍夜はカンテラボールの明かりを足下に照らす。

 長年誰一人立ち入らなかったからこそ、複数の足跡が確認できた。

「だが、向かうのは四つ、戻るのは一つか」

 行きはよいよい帰りは怖いではない。

「その島田って人の足跡でいいのかしらね?」

「どうだか。まあ、この場合、奥にへそたる泉以外の何があるのか、察しなくても丸わかりだわ」

 龍夜はゆっくりと一定の歩幅で先を進む。

 歩幅を一定にすることで距離を測っているのだ。

 地下道は緩やかな下り坂となっており、二〇〇歩度進んだところで立ち止まった。

 赤き鳥居が二人を出迎えたのである。

「さ~て、鬼が出るか、親が出るか」

 警戒を密に、龍夜は日本刀の束に手を添えて言う。

「狼が出るんじゃないの?」

「今出くわしたくないワーストな相手なことで」

 茶化すように返す優希に龍夜はただ苦笑する。

「おう、これはこれは」

 鳥居をくぐり抜けた先にはドーム状の空間が広がっていた。

 地下なりに広く、天井は三メートル、幅は五メートルある。

 視界端に映る二つの陰は放置の後回し。

 優希も気づいているだろうから、指摘するのは野暮だ。

 今注目すべきは中央に盛り上がった岩の柱。

 ちょうど勇の身長ほどの高さがあり、柱は中心部がすり鉢状にへこんでいた。

 自然に削られたものか、人為的かはパッと見では分からない。

「ふむ、しっかりと入るな」

 物は試しだと龍夜はストレージキューブから取り出した壷を、そのすり鉢状の穴に置いてみた。

「これが件のへそってこと? でも泉どころか水なんてどこにも流れてないじゃないの?」

「なるほど」

 優希の声を半分聞き流しなす龍夜は壷をしまうと、柱の底に嵌る小石を鞘の先で突いていた。

 ガンガンと硬い音は地下に響く、響くだけだ。

「あ~そう簡単に砕けないか」

「ちょっと聞いてるの?」

「優希、悪いがちょっとばかりその手袋で柱の底を砕いてみてくれ。ほれ、毛色の違う石があるだろう。ああ、それそれ」

 渋面を造りながらも渋々と言った感じで優希は応じてくれた。

 それでも瞳に不安は消えない。

「封印絡みなんでしょ? 変なの出てこないでしょうね?」

「安心しろ。どうせ出るのは水だ。ほらきた!」

「きゃっ!」

 優希が底上げされた握力で柱の底の石を砕くなり、水が勢いよく噴き上がる。

 それも一瞬のこと。

 今では瓶のように柱の中に清らかな水が溜まり、不思議と一滴もこぼすことなく波紋を描いていた。

「へそ枯れ果てた先に鬼は立つとはこういう意味か」

「ああ、もう最悪!」

 どこか納得する龍夜を横に優希はヒステリックに叫ぶ。

 咄嗟に避けたことで濡れたのは手だけであるが、大きく身体をよろけさせては壁際まで下がってしまう。

「あ、ごめんな、さ、えっ?」

 よろけた拍子に誰かとぶつかり、咄嗟に謝りかけるも誰との疑問が優希の中で走る。

 まず最初に映るは見覚えあるスミレ色の和服。次いで映るは博物館で見るような干からびた顔つき。

 髪色は生きているように艶やかながら眼孔は萎み、肌は枯れ果て、骨が透けて見えている。

 すぐ隣にはスーツ姿のミイラが和服のミイラと並ぶ形で壁際に寄りかかっていた。

 類推するまでもない。

 龍夜と白狼の母親、翔子と父親の昴だ。

「きゃあああああああっ!」

「鬼でもなく狼でもなく親のミイラが出たわ」

 悲鳴上げる優希と対照的に龍夜は思わず笑っていた。

 龍夜からすれば優希もまた気づいていながら、敢えて見ない振りをしていると思っていた。

 だから敢えて指摘は後回しにしたつもりであったが、本当に気づいていなかったようだ。

「龍夜!」

「おい待て、待て! 俺はお前なんだからしっかりと気づいて、おいやめろ、二度も殴るのか!」

 涙目で拳握る優希は肩をプルプル震えさせながら龍夜に迫る。

 そしてまたしても手袋で強化された拳が放たれた。

「はぁん! 二度も受けると思ったか!」

 人とは学習するもの。

 殴られる寸前、龍夜は手甲を掲げては優希の殴打を受け止める。

 地下空間に重音が響き、衝撃が泉に波紋を走らせた。

「あべしっ!」

 されど第二波あり。

 手袋外した優希の平手打ちがその頬に炸裂するのであった。

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