第11話 今、約束を果たす!
龍夜は薄暗き中、うっすらと目を開けた。
気づけば、い草の匂い香る和室の中。
いつの間にか壁により掛かる形で眠っていたようだ。
布団はしっかり用意されていたが、異世界生活が染み着いたせいか、身体を横にして寝そべらなかったようだ。
証拠として籠手などの装備を一切外していない。
敵の夜討ち朝駆けに備えた癖であった。
「俺はどのくらい寝ていたんだ?」
ネットワークどころか時計ですら時間を把握できない。
全ては帳と呼ぶ真っ暗闇の檻が原因。
脱出法も島田なる社長しか知らない。
「帳、帳ね~どこかで聞いたんだけどな」
一眠りしたお陰で頭は冴えている。
ただ二年も異世界にいたせいか、過去の記憶にモヤがかかっていた。
「おうタツ坊、起きたか」
襖を開けて外に出れば荒木が出迎える。
ふと廊下に目をやれば勇たち四人が円を組む形で座り込んではあれこれ話している。
「つまり鬼が原因とすると……」
「なら帳ってのは……」
「東があれなら西は……」
「問題はどこにあるかで……」
四人であれこれ悪知恵働を絞っているのだろう。
仕掛ける前に注意してもすっとぼけられるのが常。
何かしたら叱りつけるつもりだが、今は放置しておくことにした。
「おいなにやってんだ!」
ブーツを履いた時、唐突に神社の裏手から男の緊迫した声が響く。
身に染みた身体は龍夜を本殿から声の方に駆け出させていた。
(あっちの方角は確か!)
襲撃した男たちは社裏の端っこ移してある。
避難民との衝突を避けるための処置だ。
武器もまた下手に素人が扱うと危険なため、防空壕に置いてきた。
「や、やめろ! う、撃つな!」
駆けつけた龍夜を出迎えたのは拘束され動けぬ五人に向けて、中年女性が銃火器を突きつけていることだ。
あろう事か、よりにもよってロケットランチャーときた。
「止めないで! こいつらのせいで娘が死んだようなものなのよ!」
「あちゃ~こうなるか~」
人間の言葉で行動を止められるのなら、争いなんて起こらない。
自分が殺されかけた、身内を殺されたの理由で報復に移ると分かり切っていたはずだ。
「おい、おばさん、今すぐそれを降ろせ。素人が使っていいようなもんじゃないぜ」
「生憎、素人じゃないわ! 自衛隊にいた時に演習で撃ったことあるもの!」
思わぬ経歴に愕然としたいが経験あるから発射OKではない。
女性の目は血走り、手は震えている。
今すぐにでも引き金を引き、敵を殺したくてたまらないときた。
「あんたたちが病院を襲ったせいで、みんな、みんな死んだのよ!」
「お、俺たちは病院なんて襲ってねえよ!」
「そ、そうだ、せ、せいぜい、が、学校で!」
場所が異なろうと襲った事実は変わらない。
誰もが女性を止めようとするが、下手に刺激すれば弾頭が発射されるため迂闊に動けない。
「なら病院を襲ったのは公民館を襲った奴らになるな」
思わず龍夜は口を滑らせていた。
「あ、あんた、他の奴らがどうなったか知ってんのか!」
「公民館がどうしたんだ、龍夜くん!」
頃合いを見て打ち明けようと思ったが、失念だと龍夜は観念する。
物陰から勇たちが覗いている。同時、ザワザワとした胸騒ぎが襲ってきた。
「俺が公民館に辿り着いた時、お前たちの仲間は全員死んでいた。避難民を殺したから――殺された」
事実を打ち明けようと、疑念の視線が龍夜に集うのは当然であった。
「あ、あんたがやったんじゃないのか!」
「断じて否! 俺が公民館に着いた時、既に避難した人たちは殺されていた。その中に、その中には……」
ただ真実を打ち明けるだけなのに、喉が焼ける。胸が痛む。毒杯を飲み干したように舌が締め付けられる。
「勇の両親もいた! 死したことで死霊となり、化け物に変異しお前たちの仲間を殺した。そして俺はその化け物を斬った!」
打ち明けた龍夜は勇に目を向ける。
勇は愕然と立ち尽くし、両頬に涙を流して叫ぶ。
「嘘、でしょ。た、龍夜兄ちゃん!」
「残念だが、こんな状況で嘘つけるほど人間できていない」
「な、なら姉ちゃんは! 姉ちゃんはどうしたんだよ!」
「公民館にはいなかった! だから託された! 子供たちを、優希と勇を見つけだしてくれと!」
「分かった! 龍夜兄ちゃんなら見つけてくれるんだろう!」
勇は涙を拭えば、龍夜に面と向かって言い放つ。
信頼か、それとも生粋の芯の強さか。
日頃はいたずらばかりの子供かと思えば強くなったと見直した。
「だからあんたもそんな物騒なもの下げるんだ! あんたがやってるのは――っ!」
指先を切り落として発射を阻止する法もある。
だが、生きているからこそギリギリまで龍夜は説得を続けんとする。
その時だ。神社敷地外より腐臭と殺気が流れてきた。
「全員、伏せろ!」
本能のまま龍夜は叫ぶ。
次いでおびただしい銃声が響き、地面を無数に穿つ。
誰もが咄嗟に伏せたことで人的被害はないが、最悪だと龍夜は顔を引き締めた。
『あびぎひゃひゃひゃ!』
空気が爆発するような笑い声が外から響く。
龍夜は舌打ちしながらカンテラボールを音源へと向ける。
「いやあああああ、化け物!」
女性は恐怖のあまり、光に照らされし肉塊に引き金を引いていた。
噴射炎をあげて放たれる弾頭は肉塊より生える無数の手に弾かれた。
爆発することなく暗闇を駆ける一条の星となり、飲み込まれる形で消える。
「な、なんだよ、こいつ。なんだなんだよ!」
拘束された男たちがおぞましき肉塊に声を震わせ恐怖する。
敷地内に踏み込む気配はなくとも異臭と威圧感は異常だ。
『ぐひゃひゃひゃあああああ!』
肉塊の手が動く。手に握ったロープを投擲して動けぬ男たちに巻き付ければ、力の限りたぐり寄せた。
男たちは助けをこう暇なく弧を描き宙を舞う。
そのまま開かれた肉塊の大口に吸い込まれんとした。
「させるかっての!」
誰もが恐怖に足を縫い止められる中、龍夜だけは動いていた。
斬るべきは肉塊でも男たちでもない。
風跳の衣を纏った龍夜は木を踏み台にして男たちを追従する形で飛び上がる。
「はあああああっ!」
肉塊が龍夜を銃口で捉えようと構わず日本刀でロープを切断する。
暗闇の中、細いロープを正確に断ち切っていた。
すぐさま手を伸ばしては男たちを縛るロープを掴み取り、力の限り敷地内へと放り投げる。
「ちぃ!」
掴み取った反動で風跳の衣の効果が切れた。
後はただ重力に引かれるまま落ちていくだけ。
そしてその瞬間を狙い澄ましたかのように肉塊から銃弾が放たれる。
「直に入れなくても物を介して干渉はできるのか!」
厄介だと龍夜は顔をしかめる。
神社敷地内に死霊は入って来ずともロープや銃弾は入ることができる。
「なまじ知恵ある変異体は厄介だが!」
龍夜はその殺気から弾道を予測していた。
迫る凶弾を掲げた左腕の手甲で弾き逸らし、そのまま木の幹に身体をぶつける形で落下していた。
男たちもまた身体を木に激突させ、そのまま地面に転がり落ちる。
「龍夜兄ちゃん!」
「大丈夫だ! お前たちは来るな!」
幹に背面を押し付ける形で龍夜は尻から降り立った。
木の幹に身体をぶつけたのは落下の衝撃を緩和するためだ。
効果切れようと異世界のアイテム。木に接触した程度で破れるほど柔な作りはしていない。
「この肉塊こそお前たちの仲間のなれの果てだ」
男たちをかばうように立った龍夜は真実を告げる。
男たちは激突の痛みに悶絶していたが、カンテラボールに照らされる醜悪な肉体に愕然としていた。
「う、嘘だろう。なんで!」
「さあな、俺が知りたいっての!」
肉塊が手に持つ火器で発砲してきた。
狙いは仲間の男たち。喰らうことで力を増す腹積もりか、あるいはバラバラにはぐれた仲間だからこそ、物理的にまとめたいのか、分からない。
殺されてたまるかと龍夜は日本刀を振るい、無数の火花を飛び散らせながら放たれた銃弾を弾き逸らす。
狙いが分かれば対策は容易かった。
『ぶひゃあああああひゃああああっ!』
肉塊は敷地内に入り込むことなく奇声をあげながら暗闇に消えていく。
同時、遠くで爆発音が響き、先の弾頭がどこかに着弾したようだ。
「な、なんで、助けたんだ。俺たちはあんたたちを……」
「ああ? なんでかって? 死なれて死霊になったら斬る手間が増えるだけだ」
今はその理由にしておくと龍夜は自分に言い聞かせた。
相手にするのも程々に、龍夜は単眼鏡ヤミールを取り出した。
肉塊の再襲撃を防ぐため、今後の安全確保のため斬る必要がある。
「どこだ! どこに逃げた!」
先の爆発により火の手が上がったのか、ヤミールを見えにくくする。
それでも暗闇の中を跳ねながら移動する肉塊を確かに捉えた。
「あいつ、公民館の方に向かって、ん? あれは!」
肉塊の予測進路先で蠢く物体を発見した。
炎の揺らめきで上手く姿を捉えられないが、挙動から何かを追いかけているようだ。
イカのように延びる腕を鞭のように振るっては進路妨げる家屋を瓦礫に変えている。
「生存者がいるのか!」
龍夜の発言に周囲の誰もがざわめき、顔を見合わせる。
家族の安否に期待と不安のまなざしが龍夜の背中に集う。
「くっそ、炎のせいで見にく、ん、あれはまさか!」
炎の切れ目から一瞬だけ逃げまどう姿を捉えた。
学校指定のジャージ姿で走り続ける人物。
その顔を記憶が知っている。その姿は目に焼き付いている。その腕は舌が覚えている。
その人物の名は――
「優希!」
生きていた。幼なじみが生きていた。
周囲の驚きを余所にすぐさま龍夜はヤミールをしまうなり飛び出そうとする。
残念にも風跳の衣の効果が切れており舌打ちする。
だからすぐさま別のマジックアイテムを取り出した。
マジックアイテム<
険しい山脈地帯を短時間で走破するために開発されたアンクレット型マジックアイテム。
急勾配・急傾斜及び滑落に対応するため、急加速・急停止の慣性制御の術式が付与されている。
使用時間は一時間。再使用には二時間を必要とする。
また平地でも使用可能だが、加速性が高すぎるため注意。
ブーツを履き替えることなくただ足首に装着するだけで良いマジックアイテム。
本来は山岳用だが、瓦礫に覆われた地帯を走破するのにうってつけだ。
「今行くぞ、ゆうう、ずぼぎゃ!」
今まさに駆け出さんとした龍夜は背後からの抱きつきタックルに阻害される。
そのまま倒れ込む形で足を滑らせ、地面に顔面を強打した。
「だ、誰だ邪魔するのって勇、お前な!」
「俺も行く! 行くったら行く!」
あろう事か、いや当然のこと背後から龍夜に抱きついたのは勇だった。
「優希助けて終わりじゃない! このまま異形を二人同時に相手する必要があるんだぞ! あいつらとの戦いは常にギリギリだった! 誰かを守りながら戦う余裕なんてない!」
「いやだ~! 行くったら行く!」
払いのけようと力の限りしがみついて離れない。
子供のわがままに構っている暇などない。
「ブン殴るぞ!」
「殴るなら殴れよ! ベソかこうがションベン漏らそうが死んでも離れねえからな!」
声に殺意を込めようと泣き顔の勇は離れようとしない。
一瞬だけ、その腕を切り落として行こうする考えが龍夜に過ぎる。
だが残った理性がすべきではないと震える手を束から離す。
「勝手にしろ! ただし約束しろ!」
姉を想う弟の気持ちに龍夜は折れた。
だから同行に条件をつけた。
「危ないと感じたら俺を置いて優希と共に逃げろ! 逃げるならエンジュの山方面にだ。あの山には何故か死霊が一人も徘徊していなかった。山道経由で神社まで戻ってこれる! 分かったな!」
「分かった!」
勇は泣きじゃくる顔で威勢良く返す。
気と姿勢と取り直した龍夜は不安げな人たちに背を向けて言った。
「そういうわけだ。ちょっと変異体ぶった斬るついでに優希助けてくるわ!」
「お、おい待て、タツ坊!」
「いいや待たないね! おじさんたちと先約があるんだ!」
「姉ちゃん、待ってろよ、今龍夜兄ちゃんが行くからな!」
龍夜の背中にしがみついたまま勇は吼える。
振り落とされぬよう、しっかりとしがみつくよう言い含め、龍夜は力強く地面を蹴り、駆け出していた。
脳内をリフレインするは公民館での出来事。
――娘たちを、見つけだしてくれ。
幻聴ではなく、父親の最期の願い。
だから龍夜は――
「おじさん、おばさん――今、約束を果たす!」
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