第10話 まあ吐かないなら吐かせるだけさ

 これはほんの少し前。

 優希が草原家の書斎で寝落ちしている頃――


 龍夜はようやく生存者と出会うことができた。

 片や島の住人、もう片方は謎の襲撃者。

 襲撃者の顔は誰もが年若く、歳は龍夜と大差ないかもしれない。

 ただ、その目は悪事に慣れた目であり、仲間を慕う一方、他人を嫌う排他的な目でもあった。

 住人たちの手当と再会もそこそこに龍夜は男たちを尋問せんとしていた。

「なにされようが絶対に言わねえからな!」

 束縛されようと男たちは啖呵を切っている。

 切り落とした腕は完全回復薬でしっかり治したというのに困ったものだ。

 腕をまた切り落としても白状しないだろう。

「てめえら、龍夜兄ちゃん一人にフルボッコされたくせに!」

「そうだ、そうだ。斬られた腕だって治してもらったくせに!」

「てめえらのへなちょこ弾なんてもう治ったし!」

「生かされているだけ、涙を称えて感謝しろや!」

 勇、茂、進一、隼人の四人は負け時と威勢良く啖呵を切る。

 ただし龍夜の背中から連結する形で並び隠れて、である。

 勇の負傷があったとはいえ変わらず元気で嬉しいが、さてどうしたものかと龍夜は首を傾げた。

「まあ吐かないなら吐かせるだけさ」

 この状況にぴったりのアイテムがあった。


 自白水薬<ダマーレン>

 子供でも飲みやすく無味無臭の水薬タイプの自白剤。

 服用すれば一時間、正直に受け答えしてしまう。

 服用しなくとも頭からぶっかけるだけで五分間、経皮吸収で同じような効果を得る。

 事件捜査の自白用に使用される水薬のため、使用には裁判所と医師の許可が不可欠。

 また薬だと分かるよう黒に着色されている。

 なお開発者はメルキュルル=ワズウイワーメズンの祖母ワズキュメル=ワモインズ。


「うえ、なんだこれ!」

 どうせ飲むのは拒絶するのが見えている。

 だから龍夜は五人の男たちの頭から黒き水薬をぶっかけた。

 次いで勇たち四人には口を閉じておくよう目で圧をかけておく。

 調子に乗って余計なことを答えさせないためだ。

 察したのか、四人は揃って口を手で塞いでくれた。

「さて質問だ。お前ら何者だ?」

 声の圧を高めに龍夜は詰問する。

 薬の効きが薄いのか、当初は唇を震えさせる男たちだったが、一〇秒もせず喋り出した。

「なるほどなるほど」

 この男たちはいわゆる半グレ集団のようだ。

 暴力団に属さず犯罪を起こす集団。

 主に関東を根城としており、今回の襲撃の件も、お世話になった人の依頼らしい。

 だがその内容に龍夜は眉をひそめ、顔をしらけさせた。

「鬼が暴れたらその銃火器で退治し、住人たちを守れだあ?」

 非科学的なものを科学的なもので立ち向かうのは非常識だと笑い飛ばしたいが、現状、島に死霊が溢れているから笑えない。

 加えて、男たちがやってきたのは守るのではなく真逆の殺すこと。

「し、仕方ないだろう! いくら撃っても撃っても倒れやしねえ!」

「最初はまじめに救おうとしたんだよ! この島の奴らを救えば救うほど、恩着せがましく今後の仕事がやりやすくなるって言われてたんだ!」

「けどよ、助けたと思った住人が実はフレッシュゾンビで、最初は一〇人いたのに、今じゃ喰われて五人だけだ! 橋から車で入って来た奴らが一〇人ほどいたはずだが、今じゃ生きているのか分かりゃしねえ!」

「脱出しようと真っ暗闇の帳のせいで外に出られねえ! 帳から出る方法は島田さんしか知らないんだ!」

「連絡は取れねえし、仲間は殺されて行くし、仲間の銃を拾った住人は襲ってくるし、生きて行くにはこうするしかなかったんだ!」

 龍夜は冷ややかな目で男たちを見下ろすだけだ。

 表情一つ変えなかった。

 否定はしないが肯定もしない。

 生きるのに綺麗も汚いもないからだ。

 公民館でのやりとりが脳内でリフレインする。

 ――殺されるより殺す方がマシ。

 そう言った男は変異した勲に握り潰された。

「ん?」

 ここで龍夜は勇のほうに顔を向ける。

 まだ両親の死だけでなく、皆に島の各地の状況を伝えていない。

 男たちの尋問を優先としているため後回しとなっていた。

「ふざけやがって……」

「身勝手すぎるでしょ」

 社の方面から放たれる声や視線に振り返れば、大人たちが険しい表情で男たちを睨みつけている。

 口調は抑制させられていたが、その奥には深い憤りを誰もが抱いていた。

 当然だろう。事情を知らぬ者からすれば、事態を悪化させた襲撃者。死霊は人間が死ななければ増えることはない。男たちの行動が結果として死体を増やし死霊を増やした。

 公民館や病院がいい例ではないか。

「次の質問だ。帳とはなんだ?」

 どこか聞き覚えのある言葉だが龍夜は思い出せない。

 記憶に馴染んだ言葉ではあるのだが。

 勇たち四人が口元を抑えたまま目で何かを語り合っているが邪魔していないので放置した。

「帳は帳だよ! 島を丸ごと暗闇に包むんだ!」

「島田さんが言うには島を本土から隔離させて逃げ場をなくす檻の役目があるそうなんだが、そこまでしか知らない!」

「外に出る方法はあるらしいけどよ、それも島田さんしか知らないんだ!」

「けど、連絡さえとれないんだ!」

 よって自らの判断で行動し続けた。続けるしかなかった。

 島田なる人物、島民の誰もが知らぬ現象を事前に把握していたことになる。

 人や武器まで用意する辺り用意周到だ。

 こればかりは当人を見つけて聞き出す必要があった。

「生きていれば、だが……」

 次なる質問に移ろう。時間はあまり残されていない。

「その島田って人の資金でアメリカまで渡って銃火器扱う訓練受けてきたとか、どんだけ」

 呆れるのも程々に気を引き締めた龍夜は質問を続ける。

「この島に死霊ゾンビが溢れた原因は何だ?」

 男たちは知らないの一点張り。

 どうやら発生原因を本当に知らないようだ。

「た、ただ島田さんがいうにはゾンビ化は呪いだって言ってたんだよ!」

「死んだらゾンビ化するらしいから、噛まれてもゾンビ化しないんだ!」

 呪いなど非科学的だと笑い飛ばしたいが、龍夜は異世界で勇者だった身。笑い飛ばせない。実際、異世界スカリゼイでは恨み辛みの感情を凝縮させて呪いとする術があった。

 なんの呪いか問いただそうと解答は得られなかった。

「では島田とは誰だ?」

「い、今は建設会社の社長やってんだ。その人から頼まれたんだよ!」

 確認するために龍夜は勇たちに目を向ける。

 口元を押さえたまま揃って何度も頷いてきた。

「最後の質問だ。白狼とはどんな関係だ?」

 以外にも男たちは困惑気味に顔を見合わせてきた。

「は、白狼って、だ、誰だ?」

「白狼ってああ、他の奴らがケンカ売ったら一人にボッコボコの返り討ちにされたって言ってただろう。もしかして、そいつじゃね?」

「ああ、そういや、めっちゃ強い島民と知り合ったとか聞いたな」

「島田さんにそのこと話したら、大事な客人だからもし会ったら失礼ないように言って、いた………ぞ――んっ!」

 自白剤の効果が切れる。

 男たちにこれ以上問答を重ねようと無駄だ。

 白狼と繋がりあるのは、どうやら公民館で遭遇した奴らと見ていいだろう。

(逃がしたのが歯がゆいぜ)

 公民館でのやりとりを思いだした龍夜は奥歯を軋ませる。

 既に公民館を襲撃した奴らは変異している。

 暗闇に消え、居場所は不明のままだ。

 頃合いだと荒木が龍夜に声をかけてきた。

「タツ坊、終わったか?」

「ああ、終わった」

 険しい表情の荒木と異なり龍夜は疲れ気味だ。

 斬りに斬り、動きに動き続けた結果、気が緩んだと言っていい。

「この一ヶ月、お前がなにしとったかあれこれ聞きたいが、今はとりあえず休め。社のほうに部屋を用意してある」

「感謝するぜ。荒木のじいさん。あちこち駆け回って昼寝すらできなかったかったからな」

「そうか」

 荒木はこれ以上、深く聞かなかった。ただ男たちの処遇について聞いてきた。

「こやつらはどうする?」

「縛り付けてそのまま放置しとく。武器持てば斬るが持たない限り斬る必要はないからな」

 殺すのは簡単だ。神社外でたむろする死霊の群に縛り付けたまま放り投げればいい。

 何故、神社の敷地内にまで死霊が入り込まないのかは謎だが、安全圏から綺麗に平らげる光景を眺めることができる。

 だが、龍夜はしない。

 この男たちにする意味も価値もないからだ。

「分かった。お前の考えに従おう」

 やや渋面を作る荒木は、息を整えては避難民と向き合った。

「そういうことだ。みんな、こやつらが憎い気持ちは分かる。分かるが手を出すことは禁止する!」

 当然のこと、異論が飛んだ。

「もしそいつらが暴れたらどうするんだよ!」

「そんな奴ら追い出してしまえ!」

「責任とれるのか!」

 誰もが異を唱え、憤然と喰ってかかるのは当然のこと。

 実際、殺されかけたのだから心中穏やかではない。

「暴れたらどうするかって、一つしかないだろう」

 分かり切った解答に龍夜は肩をすくめるしかない。

 当然、反発の視線が龍夜に集うも、命の恩人である手前、誰も強く出はしない。

「ただ斬るだけだよ」

 日本刀を抜きながら龍夜は冷淡に答えた。

 大人たちは半歩下がり怖気を抱く。

 子供たちは日本刀構える姿に目を輝かせる。

 この温度差は何か、明確な答えを龍夜は思いつかなかった。


 草原家炎上まで残り――

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