幕間3 タツヤ、元気かな?
七色の輝きに満ちるこの空間は世界と世界の境界線。
果てしなく遠く、限りなく近い世界を隔てる空間の壁。
その壁に今トンネルが作られ、とある四名が浮遊する形で移動していた。
「まだかしらまだかしらまだかしら♪」
一人は異世界スカリゼイで皇女であり次期女王であるル・チヤ=ゴドル=ルマノフ。
ドレス姿から一転、純白のワンピース型スーツだ。
胸元が大きく開いた服のデザインは変わらず。
心と胸を弾ませては、ゲートを通り抜けるのを今や今かと待ち遠しく焦がれている。
「いやはやこんなに早く移動できるとは思わなかったよ」
感心するように腕を組むのはトルン=ゴルゴルフンだ。
魔王討伐によりスカリゼイの世界が光を取り戻して早半年。
当初の予測では世界間転移ゲートの任意接続による常時稼働は最低でも五年はかかると言われていた。
「私が本気を出せばこんなものよ」
勝ち誇るように胸を張るのはメルキュルル=ワズウイワーメズンだ。
復興の手伝いをする傍ら、その合間を縫うように世界間転移ゲートに改良を施した。
「あ~どうせタツヤのことだ。今頃現地の女と仲良くやってんだろうよ~」
ただ一人、膝を抱えて意気消沈するのはガガル=ガオルワだ。
誰もがタツヤとの再会を楽しみにしている一方で、一人だけ心の奥から楽しめていない。
「もういい加減、立ち直りなよ。たかだか九九回のお見合いに失敗したくらいでさ」
「九九回も失敗したからこの有様なんだよ!」
ガガルは口を大きく開いては涙目でトルンに言い返す。
あの戦いの後、ガガルは故郷に凱旋した。
魔王を討伐した英雄として、一族の誉れとして賞賛の嵐を受けた。
いざ、未来の嫁探し! と意気込もうと悲しきかな、故郷の住人のほとんどが既婚者。
独身はいるにはいるも年齢一桁。
だからこそ、お見合いしようと英雄の肩書きが重いのか、ふさわしき相手が現れぬこと九九回。
仲間たちは消沈しているガガルを引っ張り込む形で、こうして異世界旅行に連れてきた。
「タツヤ、元気かな? 元の世界は戦いがないから、戦い慣れた身体でも馴染めているといいけど」
「あ~大丈夫じゃね? あいつの家庭事情は聞いているが、その分、仲間や友に恵まれているって話だ」
「それは結構だが、返すものは返してもらわないとな」
誰もが再開を楽しみにする一方、メルキュルルは厳しい表情を浮かべている。
確かに仲間との再会は楽しみだが、それはそれ、これはこれの問題があった。
「タツヤめ、まさか帰還前のどさくさに紛れて完全回復薬を箱ごと全部かっさらって行くとは。お陰で私が大賢者から叱られたじゃないか」
スカリゼイでも貴重で希少な完全回復薬。
次なる魔王討伐に備え、一つ残らず回収してその時が来るまで保管していくのが通例だ。
それを龍夜は保管分さえ勝手に報酬として持ち帰っていた。
「いいじゃないですか、次なる魔王が現れるまで一〇〇〇年はかかります。その間、コツコツ作ればいいだけのこと。そのために次期女王として予算と人員は確保するよう事業立案書を提出したじゃありませんか」
「そうだろうと、一言、あいつに言わないと気が済まないのですよ」
メルキュルルの立場的に、である。
魔王討伐の功績から次期大賢者候補(現実世界でいう社長クラス)にいるからこそ、希少な薬物確保の成否は今後の研究に響く。
「こちらとあちらの世界が時間の流れに差がありますけど、本当に大丈夫なのですよね?」
「皇女殿下、不安なのは分かるけど、何度も言ったように安心して。時間軸を計測することでタツヤが帰還してから誤差二四時間以内にたどり着けるようしっかり調整しているので」
何度目かの問答にメルキュルルはため息をこぼす。
不安なのは心中察している。
話でしか聞いたことのない憎き異世界女が龍夜と一緒にいるのを認めないし、許せないのだ。
「お姫さん、僕たちは旅行に行くだけでケンカに行く訳じゃないんだよ」
「そうだぞ~俺たちの争いに巻き込んだんだ。あっちの世界で争いを起こすなんてナンセンスだよ~」
諫めようと無意味なのは承知している。
仲間との再会は嬉しくとも、その再会が火種にならないか不安はあった。
「失礼な。そこまで無礼ではありません。ただちょっと誰の男か、わからせ、あいたっ!」
移動は唐突に遮断され、ル・チヤは不可視の壁に進行を妨げられた。
顔面を強打してしまい、鼻は赤くなり涙目となる。
異世界への旅行に予期せぬ壁が立ち塞がった。
「なんだこれは?」
「おいおい、メルキュルル、問題なくたどり着けるんじゃなかったのか?」
ガガルは不可視の壁を力強く殴りつける。
何度、強固に叩きつけようと、不可視の壁に揺るぎはない。
「なんかゾワゾワするんだが、まさか……」
「いや、ガガル、そのまさか、かもしれない」
不可視の壁に手を触れたメルキュルルはすぐさま声に警戒を孕ませた。
「結論から言おう。これから先に進むのは無理だ」
「なんでですか!」
イの一番に異論を挟んだのはル・チヤだ。
後少しで再会できる期待が不可視の壁に阻まれたのだから当然だろう。
「ゲートに問題はない。これは転移の出口側に問題がある」
どういうことかと誰もがメルキュルルに疑問を向ける。
「この壁はデスドルドクで構成されている」
その名を聞くなり、誰もが目尻を険しくした。
平和に安堵していた顔から一転、魔王討伐に赴いた道中の顔だ。
「おいおい、タツヤの世界じゃ魔法や魔王はおとぎ話のはずだろう」
「神秘とか、その手の奇跡は空想の産物とか言ってたね」
「タツヤの住まう島か、世界か分からないが世界間の境界すら干渉する密度の高いデスドルドクだ。この密度、スカリゼイの魔王と非にならない」
「それならタツヤさんの身に危険が迫っている可能性が!」
「下手すると、危険そのものの渦中にいる可能性が高いじゃないの!」
「ヤバイじゃないか。タツヤの奴、勇者の力は封印してんだぞ」
旅行で浮かれていた心は誰からも消え失せる。
事態の重さに表情を凍てつかせていた。
「デスドルドクは負のエネルギーだ。私たちのリビルドを束ねてぶつければ突破できるだろうと場所が悪すぎる」
メルキュルルは厳しい表情で例える。
この空間は言わば出入り口が硬き岩盤に塞がれた地下トンネル。
外に出るため、その岩盤を破壊しようとすれば、確かに穴は開こうとその衝撃でトンネルの崩落が起こる。
つまりは世界と世界の狭間に押し潰され消失することを意味していた。
「だから、なんですか! その程度で引き返すわたくしじゃありませんよ!」
恋とは障害があればあるほど燃えるもの。
たかだが想い人と物理的に結ばれるために世界を渡ろうとしているだけなのに、愚かにも世界の壁が邪魔をする。
「皇女殿下ならそう答えると思いましたよ」
「おいおい、無理に突破できないんだろう?」
「その通り、無理に突破はできない」
「あ~無理にはできないのね」
思いつけば、突破法など存外単純であった。
無理に突破すれば崩落するのであれば、無理に突破しなければいい。
「少しずつ少しずつと、デスドルドクを削り取る形で進めば、突破できるはずだ」
世界間の境界の距離はあってないようなもの。
一度進み出しさえすれば自ずと目的地にたどり着ける。
「ならば今すぐとりかかりましょう! 今頃、タツヤさんがあの女と一緒に×××しているはずです! ええ、演劇でも小説でもあるでしょう! 寂しさとか、嬉しさとか、恐怖のあまり、慰めんとうっかり一発ヤっちゃうシーン!」
ル・チャの決意に誰もが困った表情を引きずるだけだ。
色あせることなく変わらぬ一途すぎる想い。
その想いに仲間たちが頭を抱える中、うっかり指摘したのはガガルだ。
「い、いや、姫さんよ、それっていわゆる死亡するお約束じゃね?」
想いに火をつけたと気づくのはその直後。
「な、なら今すぐ助けにいかないと!」
リビルド全開で進もうとするル・チヤを誰もが総出で止めた。
命か、貞操か、もっとも助けるべきは龍夜のどちらなのか――そんなの分かり切っていた。
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