第6話 バカにはつきあっていられないわ

「こんな時に……悪ふざけするなあああああああっ!」

 優希は怒りに震える手で男性の頭をぶっ叩いていた。

「まったく、よくもまあこんな時にふざけられるわね!」 

 歯を剥き、怒りも露に叫ぶ。

 あんな作り物に悲鳴を上げ尻餅つく胆力は持ち合わせてない。

「ん~?」

 ジャリと路線石を踏む音が暗闇の奥からする。

 眉がぴくりと跳ね上げた優希は振り返り際、ライトを照らす。

 這い蹲って迫る人たちの姿が露わとなった。

「も~なんなんなのよ!」

 呆れるようにぼやくしかない。

 誰も彼もが負傷しているが自力で動けるレベルときた。

 それどころか中には首が折れ曲がった、上半身がへし折れた、わき腹を食いちぎられ臓物をさらけ出していると生きているとは言い難い者までいる。

 どうやら特殊メイクか何かで恐怖演出しているときた。

 優希は白歯剥き出しに叫ぶなり、迫る人々に背を向けて走り出した。

 バカの相手などしていられないからだ。

「こんな非常事態に悪ふざけとか不謹慎でしょうが!」

 背中の荷物が重い。

 だが、バイト先で配送されてきた食材の検品と品出しを任されている身。

 鍛え抜かれた足腰はそれほど柔ではない。

「ああ、もうむかついてきた!」

 連鎖的に嫌な記憶が想起される。

 それは一昨年、どこぞの配信者が漁の生配信を島で行ったこと。

 許可を得た海釣りならば救いはあった。

 実際にやったのは養殖牡蛎の密漁ときた。

「あそこら辺は遠見さんが丹誠込めて仕込んだ養殖場なのよ! ぽんぽん勝手に生えてくると思っているのかしら!」

 生配信が証拠となりその配信者は逮捕。

 海はみんなの物だから自由に穫って良いとの動機を語る。

「その後が大変だったんだから!」

 今思い返してもハラワタが煮えくり返る。

 ネットワークで拡散された情報は元が削除されると広がるもの。

 配信に触発された者が島で密漁を起こす始末。

 配信されたから穫って良いと思っていたとは連行された密漁者の弁だ。

 お陰でしばらくの間、島は余所者に過剰なまでの警戒心を抱いてしまった。

「はぁはぁはぁ」

 息を切らしながら優希は後方を振り返る。

 走ってこないのは驚かすことを前提としているからだろう。

 執拗に追いかけはせずとも耳を澄ませば、暗がりからジリジリと迫る足音がする。

「趣味悪すぎ!」

 優希は憤りを吐き出すように叫ぶ。

 今頃、この企画を立案した発案者はカメラの向こうで腹をかかえて笑っているはずだ。

 見つけたらぶん殴ってやると優希は拳と肩を振るわせる。

「人を笑い者にすることのどこが楽しのよ」

 体力も足もまだ行ける。

 津波がいつ来るか、分からぬ現状、進めるだけ進まなければ。

 感覚的に島までそう遠くないはず。

 優希は後方に注意を払いながら急ぎ足で先を進む。

「ホームだ!」

 どれくらい歩いただろうか。休憩を挟みながらも優希はついに島側のホームにたどり着く。

 駅の名は<紡雁駅>。

 島に唯一ある列車駅であり、重要な移動拠点だ。

「誰かいませんか!」

 呼びかけようとその声は暗闇に吸い込まれ消える。

 ホームは真っ暗であり非常灯すら点灯していない。

 常駐の駅員がいるはずが誰一人見えず、路線から梯子を介してホームに登った優希はライトで周囲を確認する。

「誰もいないし」

 ゴーストタウンのように静まり返り、自販機やゴミ箱が倒れているのを確認した程度だ。

「みんな津波から避難するために急いで離れたのかしら? あ、そうだ!」

 思い立ったように優希は改札口に急いで向かう。

 その先にあるのは時刻表。

 正確にはその上に設置されたアナログ時計だ。

 スマートフォンの時計機能が機能せぬ以上、アナログならば正確に時を刻んでいるはず。仮に針が停止していようと、停止した時間から地震発生の時刻を確認できる。

「なによ、これ」

 動いているアナログ時計に優希は愕然とする。

 長針は右に回り、短針は左に回る。かと思えば長針短針が重なり合って左回りに回るなど時計としての機能が意味を為していない。

「駅長室なら!」

 駅紹介のパンフレットで駅長室に柱時計が写っていたのを思い出す。

 正確な時刻を求めて勝手を承知で駅長室の扉を開けた。

 中は案の定、無人であり机周りはファイルや書類で散乱していた。

「なんでよ!」

 頑丈な柱時計を見つけようと、その動きは改札前の時計と同じ動き。

 ふと机にある固定電話の存在に気づく。

「もしかしてこれなら」

 無線通信のスマートフォンがダメなら有線通信の固定電話で。

 重ね重ねの勝手に失礼だろうが今は非常事態。

 番号入力はスマートフォンと基本変わらない。

 ただコードがあるか、ないかの差。

 手始めに優希は自宅に電話をかける。

 番号をタッチ入力した後、電子コール音が鳴り響くなり、優希は嬉しさのあまり拳を握りしめた。

「よしっ!」

 家族は無事か、コール音が響く度に、心臓は心配と不安の音を刻む。

「あ、私よ、優希よ!」

 数回のコール音の後に電話は無事、繋がった。

 安堵しながらも家族の安否に自然と早口となる。

「ん? もしも~し! 聞こえていますか!」

 だが、通話は繋がろうと、受話器からはボソボソとした音が聞こえてくるのみ。

「勇でしょう! あんた、こんな時にイタズラやめなさい!」

 姉として叱りつけようと応答はない。

 ボソボソとした音が段々と大きくなる。

『す、ろ、こ、す』

 飛び飛びで聞き取れず、弟と再会次第、ひっぱたくと心に決めた瞬間、音は最大となる。

『殺シテヤル殺シテヤル殺シテヤル。オレノ島ニ巣クウ猿ドモ全員皆殺シニテヤル! オ・マ・エ・モ・ダ、草原優希!』

「きゃっ!」

 殺意と呪怨の籠もった声に優希は恐怖のあまり受話器を落としていた。

「な、なによ、今の……」

 冷や汗が流れ落ち、心臓は激しく鼓動を刻む。

 いたずらにしては度が過ぎる。かといって耳朶に張り付く声は底冷えさせる恐怖を与えてくる。

 そして部屋の外からガラスの破砕音が響き渡った。

「もうふざけすぎでしょうが!」

 立て続けに起こる出来事は優希の脳髄に怒りの熱流を走らせる。

 苛立ち露わに大股で歩けば、勢いのまま外への扉を力任せに蹴り開いた。

「いい加減にしろバカども! そこまでして再生数が欲しいか!」

 煮えたぎった怒声で叫ぼうと、またしても暗闇に吸い込まれて消える。

「ああもうイライラする!」

 前髪が乱れることも構わず、手ですくい上げた。

 もてあそばれた怒りが胸の中でくすぶっている。

 今度、現れたらぶん殴ってやろうと荒い鼻息で拳を握りしめた。

 ふと改札口方面から空き缶の転がる音がした。

「そこか!」

 右からときて左から来るのはお約束。

 空き缶に意識を向けさせ、隙だらけとなった背後から脅かす腹積もりだろうとそうはいかない。

「こっちは弟のいたずら、毎回受けてんのよ!」

 背後からの脅かしなど定番すぎてあくびが出る。

 溜まりに溜まったフラストレーションが自ずと口調を早口にする。

 鋭い目つきで反対側に素早く振り返るも、ライトに照らされる意外な人物に怒気――いや毒気を抜かれてしまった。

「あれ、大輝たいきくんじゃないの?」

 オーバーオール姿の四歳男児。名前は佐藤大輝。姉貴分でもあった佐藤里美の一人息子である。母親譲りの顔立ちと活発な性格で、類は友を呼ぶ通り勇によく懐いている。

 勇もお兄ちゃん扱いされるのがまんざらでもないのか、この子がいる前ではイタズラを控えるなど、良い格好を見せようとして失敗する。

「大輝くん、こんなところで一人でどうしたの? サト姉さんは? お父さんの耕介こうすけさんはどうしたの?」

 呼びかけようと返事がない。

 普段通りなら嬉しそうに抱きついてくるのだが。

 加えてまだ四歳児。いくら小さな島とはいえ小さな子の一人歩きは、非常事態時でなくとも危険でしかない。

 恐らく地震にて家族とはぐれてしまったのだろう。

 この真っ暗闇で泣かなぬなど、流石はサト姉さんの子、肝の太さもしっかり遺伝しているようだ。

「ほら、お姉ちゃんと一緒に避難所に行きましょうね」

 優希は腰を屈めて両手を広げては抱き寄せんとした。

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