第4話 繋がらないし!

 ここは鮮魚市場二階の漁港食堂。

 漁港で水揚げされた新鮮な海鮮類を安く、そして美味く提供する場所だ。

 今、この食堂で活気ある声が響き渡る。

「はい、番号札三四番、焼き魚定食と本日の刺身定食のお客さん、お待たせしました」

 優希は市場で買い物ではなく、その上にある食堂で働いていた。

 何故、買い物客ではないのか、理由はただ一つ。

「優希ちゃん、天ぷら定食あがったわよ」

「は~い!」

 単純明快、食堂の人たちから助っ人を頼まれたからである。

 日曜だけに利用客は多く、本土と繋ぐ橋ができてから増加傾向にある。中にはただ本土から昼食を取るためだけに利用する人もいるほどだ。

 日頃より漁港の人たちから調理法をはじめ、良い魚の目利き、包丁さばきとレクチャーを受けてる身。

 こうしてお礼として手伝うのは悪くない。

 溜まったフラストレーションを発散したい思いも否定はしなかった。

「ごめんね、優希ちゃん、折角の休みなのに」

「いいんですよ。こっちだって日頃からお世話になっていますし」

 食堂で働く誰もが歳と経験の濃い女性ばかりである。

 優希が生まれる前より包丁を握って来ただけに料理の腕は亡き祖父にも劣らない。

 実際、食堂の手伝いをすることは料理の勉強にもなる。

「ふう~!」

 昼時だけに利用者は多くも、時間が過ぎれば人は去るもの。

 満席に近かった席も今では片手で数え切れるほどまで落ち着いていた。

「優希ちゃん、賄い作ったから休憩して」

「はい、いただきます」

 休憩室から呼ばれる声に優希は元気よく返事をする。

 あれほど多忙だろうと疲れた顔を見せぬは若さか、それとも日頃の運動の成果か。

「ああ、それとね、さっき旦那に連絡したらね、余った魚、優希ちゃんにならあげてもいいって」

「え、荒木さん、いいんですか!」

「いいのよ、手伝ってくれたんだし、それぐらいしかお礼はできないけどね」

「いえいえ、大助かりですよ」

 世の中、持ちつ持たれつだ。

 助けたからこそ助けられる。助けるからこそ助かった。

 この精神は絶対に忘れても、貶してもいけない。

「では海の恵みに今日も感謝して、頂きます!」

 本日の賄は鯛茶漬け。

 個人的には大当たりだ。

 瀬戸内の荒波で育った鯛の身は締まり、海苔と出汁の香りが互を引き出し合い食欲を促進させる。

「ん~お出汁が美味しすぎる。これ、鯛の出汁ですよね」

 味を楽しむだけでなく、材料を当ててしまうのは一種の職業病だ。

 美味しそうに食べながら味の探求も辞さない優希に食堂の誰もが微笑ましく見守っていた。


「うっそ、こんなに貰っていいんですか?」

 食後、漁港に訪れた優希はトロ箱に入った魚に目を輝かせた。

「いいんだよ、どいつもこいつも傷もんで売りもんになんねえ。どうせ捨てるよりも、ぱぱっと料理にでも使ってくれた方が大助かりだ。ああ、それと船のいけすにも細かいのがあるから好きなだけ持って行きな」

「ありがとうございます!」

 胸を弾ませながら優希は繋留されて漁船に足を踏み入れる。

 細かな魚が多いとなれば、骨まで食べられる南蛮漬けにしようとメニューを思案する。

 里美からの野菜のおっそわけもある。素揚げして酢に漬ければ味が染みて一層美味しくなり家族に受けあい間違いなし。

「――ん?」

 いざと網を手に取った時、優希の耳は音を拾った。

「拍手?」

 神社で参拝した時に鳴らす柏手のような音。

 それも一度ではなく、二度三度と続いている。

 自然と顔は音の鳴る東側に向けられていた。

「――え?」

 前触れもなく視界がブラックアウトする。

 次いで激しい揺れが優希の意識を奪い去った。


 身体が揺れている。

 プカプカと海辺に浮かぶ小舟のように浮いている。

「あ、あれ、私? くうっ!」

 優希が目を覚ました時、背面からの鈍い痛みが全身を貫き苦悶を漏らさせる。

 瞼を開こうと視界は暗転したまま。

 背中から伝わるのは平たく硬い感触、鼻孔をくすぐるのは潮騒の香り。鼓膜が押して引いてくるわだつみの鼓動を伝えてくる。

「何が一体……」

 頭がよく回らない。周りを見渡そうと真っ暗闇に包まれ先が見えない。

 だから優希は制服のポケットからスマートフォンを取り出せばライトを点灯させた。

「船の、中?」

 優希はライトの光により漁船の中に一人倒れていると気づく。

「そうよ、確か、私、その後市場に行って、食堂でおばさんたちの手伝いしてからお昼の賄い食べて、それで余った魚をお礼にくれるっていうから、荒木さんの船、そうこの船に乗って! ええっと……」

 記憶が徐々に蘇るも肝心な箇所にボヤがかかっている。

 漁船に乗り込んだ時、どこからか拍手が聞こえた気がした。

 そこから先の記憶が飛んでいる。

「ここ、どこよ?」

 漁港に繋留されていたはずの漁船は暗き海に浮かんでいた。

 風一つ、波一つない不気味なまでの静寂さが気味悪さを際だたせる。

「きゃっ!」

 船が、動く。

 自動運転でも舵をとった訳でもない。見えぬ力で動かされるように進み、そのまま巨木以上の太さがあるコンクリートの岩礁に半ば乗り上げる。

 ただ紡雁島にこのような人口岩礁はないと記憶していた。

「違う。ま、まさか……」

 記憶が否定の言葉を紡がせる。

 スマートフォンのライトをそのまま上に向ければ、鎌首もたれる構造物に瞳を凍てつかせた。

 さらにライトにて明るみとなるのは本土と島を繋ぐ一本橋。

 その一本橋が逆さへの字に折れていた。

 コンクリートの岩礁の正体は崩れた橋の基部。基部に乗り上げる形で鎌首をもたれる構造物の正体は先頭列車だ。

「お、折れて、る……」

 先頭の車両が宙づりとなっていた。海に落ちなかったのはむき出しとなった基部にひっかかった不幸中の幸いだろうと、この状態でも乗客は無事では済まされない。

「なんでよ。震度八にも耐えられるとかふれこみで作られたのに……」

 何度大型台風が直撃しようと、この橋は耐えきった。

 だから島民の誰もが良い仕事をしたと工事関係者に太鼓判を押したほどだ。

「今何時!」

 我に返るように優希はスマートフォンで時刻を確認する。

 刻々と鮮明となる記憶では漁港にいたのは一三時過ぎ頃。

 もし橋の崩落原因が地震ならば一刻も早く高台に避難する必要がある。

 このままでは地震にて生じた津波が押し寄せる危険性があった。

「ってあれ?」

<47:94>

 スマートフォンのタッチパネルに表示される時刻はバグっていた。

 加えて通信電波は切れており、無線通信機器としての機能が死んでいる。

「繋がらないし!」

 正確な時刻を知ろうと知れず、通話をしようにも繋がらない。

 ネットワークはオフラインの表示が出るだけ。

 家族や友達に安否確認すらできぬ状況に陥っていた。

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