第2話 とっとと帰って来い、バカ龍夜!
剣道着姿の四人の一〇歳男児、その内の一人は生意気盛りの可愛くない弟、勇である。
「姉ちゃん、うっせーよ! 楽しんでんのに茶々入れんじゃねえ!」
勇は白歯剥き出しに言い返す。
年頃らしく活発で勝ち気な顔立ち、姉弟だけに目元はそっくりだとよく言われる。
勉強よりも運動好き、静かなのは食事の時だけ。眠っていようと夢の中でサッカーをしているのか、寝ぼけて壁をボールと間違え何度も蹴るから隣室の姉は眠れない。更には隙あらば姉にいたずらして痛い目を見る生意気な弟だ。
特に、特に、風呂上がりの体重測定に背後から気配を殺して体重計に足を乗せたのは万死に値する!
「あんた、今日は剣道の稽古でしょう? なんで海岸いるのよ?」
「そりゃ俺の台詞だっての。姉ちゃんこそ説明会どうしたんだよ?」
姉弟揃って互いに問をぶつけるときた。
勇は語り合うよりも場にいる証明として、手に持つ火ばさみとゴミ袋を掲げて見せた。
ゴミ袋の中には絡まった釣り糸やペットボトル、空き缶などがたんまり入っている。
「海岸清掃のボランティアだよ。見てわかんないのかよ?」
「ふ~ん、でもね、スイカのように背中から下げたネット入りサッカーボールで説得力が欠けてるわよ」
指摘された子供たちは気まずそうに、そして意図的に優希から視線を逸らす。
大方、師範不在の隙を突いて道場から抜け出し、海岸でビーチサッカーでもしゃれ込んでいたのだろう。
「そりゃさ、師範、本土からまだ帰ってきてないから抜け出してきたけどよ、サッカーはまだしてないんだぜ?」
「そうだよ、勇の姉ちゃん。海岸きたらゴミ多くてさ」
「龍夜兄ちゃんみたいにこうしてゴミ拾い」
子供たちの自発的な行動に優希は目を丸くしては感心してしまう。
「龍夜兄ちゃんが帰ってきた時、きれいな海岸見せてびっくりさせてやるんだ」
「まったく龍夜兄ちゃん、どこほっつき歩いてんだか。師範の不在が多いせいか、ここ最近、道場内でも士気が低くて鍛錬に誰も身が入らないっての」
「そうね」
優希は適当に相槌を打つ。この後、こっそり道場から抜け出したのが他の兄弟子たちにバレて叱られるまでがデフォだ。
仮に海岸清掃のボランティアをしていたとしても、言付けなく抜け出したのだから当然の結末だ。
「それで、姉ちゃんはなんでこんなとこいるんだ?」
「ま~た白狼兄ちゃんに口説かれたか?」
子供たちは説明したからこそ、説明しろと口々に騒ぎ出す。
弟一人でもやかましいのに男児四人のハウリングはなおやかましい。
観念する気も渋々でもないが優希は肩を落とすような深いため息の後、口を開いた。
「喜ばしいことに、あれとは朝から全く顔を見てないわよ」
優希はどこか遠い目で絶賛紛糾中の説明会について子供たちに語る。
子供たちの視線はそのまま不釣り合いに聳えるタワーマンションに向けられていた。
「あ~そりゃね。あんなデケーの建てば誰もが怒るよな」
「スーパーやってる沢田のおじさん無理矢理どかして建てたし」
「父ちゃん、漁師だから山から流れる土砂で海が汚れるって大反対してたもん」
「旅館やってるうちだってそうだよ。エンジュの山削られたら観光客減るって婆ちゃん怒鳴り散らしてたな」
過疎化や少子高齢化が嘆かれる現在、この紡雁島は離島としてはかなり恵まれているほうだ。
島によっては過疎化による労働力不足、医者不在など珍しくもない。
比企家の尽力にて本土を繋ぐ橋が完成するまで、島に学校は小学校までしかなく医療機関は小さな診療所しかなかった。
橋が完成し人口が増えれば、学校は高校まで建てられ、診療所は総合病院となる。
ここ最近では未就学児が増加傾向にあり、島の託児所の定員オーバーが市議会にて問題提議されている。
有名チェーン店のコンビニやカフェの出店もあるが、漁業と観光業が島の経済を支える重要基盤なのは変わらない。
亡き祖父が営んでいた定食屋とて漁港で直接仕入れた新鮮な海鮮類を訪れた観光客に調理し振る舞っていた。
誰の目が見てもタワーマンション建造や太陽光パネル設置は、島経済への自殺行為でしかないのだ。
では何故、比企家がそこまでの事業を強行するのか。
理由など一つしかない。
「箔づけのために住人の生活を巻き込むんじゃないわよ」
腹立たしげに優希は呟いた。
先代や先々代の功績が大きいだけに、現比企家当主の実績は雀の涙に劣る。婿養子で頼りないと思われているのも背景にあるのだろう。故に歴代当主が見劣りするほどの事業を成功させ、島を発展させんとする腹積もりだ。
現状は、住人たちの反発に遭い、不満を抱えさせていた。
「龍夜兄ちゃん、いたらどうしてただろう?」
「そりゃ師範の孫だし反対してたと思うぜ?」
「だよな。俺の祖父ちゃん、頼りない婿養子よりも孫の兄の方が頼りがいがあるとか言ってたし」
「うちの父ちゃんも龍夜兄ちゃんに手伝ってもらって助かったって言ってたよ」
「白狼兄ちゃん、家の仕事で忙しいとか理由付けて全く手伝ってくれないし」
「家の仕事は友達と本土へカラオケに行くことかって父ちゃん呆れてたぜ」
「な~んかガラの悪そうなのといたよな~」
頷き合う子供たちを見下ろしながら優希は思う。
誰かのために行動するからこそ誰かに助けられる。
賞賛が目的でも、報償が狙いでもない。
ただそこに困っている人がいる理由で手助けをする。
それが積み重なって縁となり巡り巡って自分に返ってくる。
先代や先々代の比企家当主もそうすることで住人との縁を紡いできた。
「よ~し、このまま神社まで行くぞ~!」
『お~!』
勇たちは仕切り直すようにゴミ拾いを再開する。
海岸を沿って西の入り江方面に社がある。
離島故、移動が船だったからこそ航海の安全を祈る神様が奉られていた。
「あんたたち、神社でサッカーするんじゃないわよ~!」
遠ざかっていく弟たちの後ろ姿に優希は釘を差す。
案の定、弟たちはビクリと身体を硬直させては歩みを止める。
こちらにゆっくり振り返っては雁首揃えて苦笑いだ。
適度な広さを持つ神社だからこそ格好の遊び場だが、ボール遊びは神主により禁止されている。
一時期、社務所にボールが入り込んで備品が壊される事案が度々起こっていたからだ。
犯人は互いに責任をなすり合うバカ双子である。
「後、エンジュの山にある防空壕にも入らないように!」
優希は畳みかけるように釘を差す。
サッカーがダメなら山で探検だとあの弟たちはやりかねない。
かつて戦争があった時代、空襲から避難する手段としてコンクリート製の避難壕を作った。
今では戦争史跡として状態保存されているも、木の根や雨水の浸食もあって立ち入り禁止となっていた。
「そうだ。勇の姉ちゃん!」
ふと勇の友達が立ち止まり、波音に負けぬ大きな声で呼びかけてきた。
なにとの顔で優希は目を細めては耳を向ける。
「白狼兄ちゃんで思い出したんだけどさ、昼前、家裏の神社にいたよ」
「あ~ありがとう~」
素直に教えてくれたことはありがたくも、相手が相手だけに素直に喜べるはずがない。
比企家本宅裏には先祖代々の魂を奉る社がある。
優希も幼き頃、三人で遊び場にした記憶があった。
「なんだっけ、シマシマだっけ、電卓だっけ、そんな人といたな。そんだけ!」
「ふ~ん」
愛想のない乾いた返事で優希が返すのには理由があった。
「家は塀に囲まれているのによく見えたわね」
「山で木登りしてたら見えたんだよ!」
子供らしい納得する理由ときた。
「まあどうでもいいけど!」
優希の呟きには空虚さが篭められている。
白狼がどこにいようが優希からすればどちらでもよく、苛つきが喉の奥底で溜まっていく。
「とっとと帰って来い、バカ龍夜!」
消えた幼なじみの姿を思い浮かべながら優希は海に向かって叫んでいた。
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