幕間 カーニバルダヨ!

「よし、生きているな!」

 龍夜は倒れこむ男の脈拍を測る。

 生きてはいるが、胸部に強かな衝撃を受けたことで肋骨を中心に内臓が損傷していると見る。

「おい、聞こえるか!」

 龍夜は力強く男に呼びかける。

 意識もまだ辛うじてあるらしく、龍夜の呼びかけに虚ろな目を向けている。

 だが、三〇分以上もの間、応急処置を施すことなく放置していたため、呼吸は荒く、息も絶え絶えだ。

 ここまで生きているのは当人の丈夫さのお陰だろう。

「ここにお前を助ける治療薬がある! 助かりたいのなら知っていることを洗いざらい吐いてもらうぞ!」

 完全回復薬をネタに男を揺する。

 本来なら助ける義理も道理もない。

 公民館を襲撃し、避難民を惨殺した一派の一人だ。

 それでも情報を引き出すために敢えて生かす必要があった。

「そうかなら――ぐっ!」

 男の目が疑念を宿して細める。

 だから、龍夜は日本刀の刃を左手で直に掴めば、左の五指をまとめて切り落とす。

 とち狂ったわけではない。男に見せつけるように、切断面より溢れ出す血と焼けるような痛みに堪えながら五本指を乗せた左手の平に小瓶の液体をぶちまけた。

 瀕死の男の目がわずかだが見開く。

 まるで手品のように切断された五指が元通りとなっている。

 残されたのは血塗れとなった左手のみ。

「マジックでも冗談でもない。さあ吐け、助かりたいなら俺の質問に全て答えてもらうぞ!」

 命を盾に脅す罪悪感など今更抱かない。

 龍夜はもう一本の完全回復薬を男の眼前に突きつけ、矢継ぎ早に質問を繰り返す。


 何故、紡雁島に死霊、ゾンビが溢れている!


 お前たちは何者だ!


 島田とは誰だ!


「――ん……あっ」

 男が唇を震わせる。微弱な声を発しており、龍夜は耳を唇に寄せてはその声を拾わんとする。

「……な、に、て、ん、で――かい、白、狼さ、ん――」

 予測もしない弟の名前を聞いた龍夜は男を思わず凝視してしまった。

 何故、ここに来て双子の弟の名前がこの男の口から出る。

 この惨劇を引き起こしたのは白狼なのか。

 一瞬にして血の気が潮のように引けば、怒りが津波の如く押し寄せる。

 気づけば我を忘れて男の胸ぐらを掴んでいた。

「あのバカ、何をやらかした!」

 男が瀕死だろうと構わず、龍夜は問い詰める。

 だから、背後から蠢く影が迫っていると気づくのに半歩遅れた。

『びゃぎゃびゃあげびゃぐひゃひゃはひゃぶば!』

 あらゆる音をかき混ぜにかき混ぜたような濁った笑い声。

 我を忘れさせる怒りを龍夜の生存本能が揺さぶり消せば、咄嗟に右へと飛び込む形で身体を横転させていた。

「なん――なっ!」

 重音と衝撃が地面を揺さぶり、龍夜の身体を風圧で抑えつける。

 その正体は、肉塊。

 変異した勲に握り潰され絶命した襲撃者たちの成れの果てだ。

『ぐひゃああああ、がぶぐびもぐがじがじがぶり!』

 醜悪な咀嚼音が肉塊から響く。

 見れば肉塊が男に伸し掛かっては全体を使って咀嚼している。

『ゴッグン!』

 龍夜が抜刀する間もなく男は肉塊の一部となった。

『あびぎゃひゃひゃ! カーニバル! オカセ! コロセ! クラエ! カーニバルダヨ! カーニバルダヒャッバー!』

 そして濁声を発しながらゴムボールの如くバウンドを繰り返し暗闇の中に消える。

「くっ!」

 龍夜は肉塊が消えた方角を忌々しく睨みつける。

 睨みつけるしか――できなかった。

 何故なら、草原夫婦を除いた避難民たちが死霊と化し、壁に穿たれた穴より現れたからだ。


「――斬る!」


 死者を眠らせるため、龍夜は抜刀した。

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