第11話 絶対に助け出す!
初見の敵はその動作を観察しろ。
龍夜が異世界スカリゼイで叩き込まれた鉄則だ。
敵が如何なる攻撃スキルを持つか、行動パターン、次なる予備動作の癖は。隠し玉は。
表情や指先、体捌きから把握できるか、否かで勝敗を分かつことになる。
「ガアアアアアッ!」
龍夜は勲を中心に反時計周りの形で駆ける。
その動作をつぶさに観察する龍夜に対して、勲もまた背を向けることなく常に龍夜を正面に捉えて離さない。
「なんだこの違和感!」
異常なまでに喉が渇くような感覚。
観察を開始した時から生じた違和感が胸をかき乱す。
何かを見落としている。何かが抜けている。
勲から目を逸らすことなく、龍夜は周囲に視線を走らせる。
壁際には犠牲となった避難民たち。
死体になろうと霊体が憑依することなく死という沈黙を保っている。
肉塊にされた襲撃者たちもまた動き出す気配はないが、勲のような実例があるからこそ変異する可能性も捨てきれない。
気づけ、見つけろ。そうでなければ致死に至る。
そこで異形化した右肩が僅かに動く。
「ぐっ!」
肥大化した右腕が鞭のようにしなりて迫る。
蛇のようにしなる腕に龍夜は両足に力を込めて急制動をかけた。
日本刀の峰に掲げた左腕を押し当て、腕を支えに接触の衝撃を右へと受け流す。
真っ正面から受ければ日本刀は折れる。
だから受け流す。
受け流そうと日本刀越しに伝わる重圧に歯を食いしばり、両足と腰に力を込めて耐え凌ぐ。
だいたい五メートルだと伸展幅を目測で読むことさえ忘れない。
「ぐううう、はああああっ!」
腕が伸びきった瞬間を見逃さず、龍夜は駆けだした。
今、勲は右腕を全て伸ばし力強く踏ん張っている状態。
リーチが長いほど戻すには多少の隙が生まれる。
その瞬間を見逃さぬ龍夜だが、勲もまた隙を突いてくるのを見逃さない。
左腕が間近にまで迫った龍夜の頭頂部めがけてハンマーのように振り下ろされた。
床に貫通痕と衝撃、そして血飛沫が走る。
「グオっ!」
勲は片膝をつき、右足首より血を滴り落とす。
龍夜は左腕の振り下ろしを大股スライディングで通り抜ける形で回避。それだけでなく、すれ違いざま右足首を切り裂いていた。
間髪入れず、龍夜は床を力強く蹴り上げ、急制動にて反転すれば勲の背後に急迫する。
「バランスを崩しただろう! それで十分だ!」
巨体故に、姿勢維持は二本の足で行われている。
どちらか一本を切りさえすれば姿勢を崩し、行動を阻めることができた。
「はああああああっ!」
呼吸を濃く、密に、体内で練ったリビドルを腕から日本刀に伝播させるのを強く意識させる。
そのまま勲の背面を斬らんとした瞬間、異形の背が激しく隆起する。
違和感が正体となって露わとなる。
「ダンナニナニヲスルノオオオオオっ!」
勲の背中を突き破る形で現れたのは異形化した望美だった。
ミイラのように細くやせ細った腕を伸ばし龍夜の右腕を掴む。
ゴキッ、と硬きものが折れる音が室内に響いた。
「ぐううううっ!」
爪楊枝でも折るように右腕を簡単にへし折られた。
折られた右腕の激痛に苦悶しながらも龍夜は本能のまま左手で日本刀を掴み取る。
このまま日本刀を振り下ろそうと間合いが近すぎて満足に振れない。
「んなくそっ!」
だから龍夜は身体の捻りを勢いに加えた一刀で望美の腕を切り落とした。
悲鳴を上げる望美から床板を転がり距離をとれば、激痛に歪む顔の中、日本刀の束を口にくわえこむ。
無事な左手でストレージボックスから完全回復薬を取り出し折られた右腕に液体をぶちまけた。
映像の逆再生のように折れた腕は回復する。
「そうだ。おばさんがいない!」
この場に立ち入った時、勲は妻である望美を抱きしめていた。
龍夜がたどり着く前に殺されたのは明白。
勲の変異に取り込まれる形で夫婦一体となった。
「どうりで背中を見せないわけだ」
変異により理性が飛ぼうと知性は失っていないようだ。
「さてどうする?」
龍夜は日本刀を握り直す。
一定の間合いを取り勲の周囲をゆっくり歩きながら自問する。
人間をまとめて肉塊に変える単純な握力に、伸縮自在の右腕は厄介であり、接近戦しかない龍夜は威力、間合い共に負ける。
加えて背後をとろうと勲の背面の望美が死角を補っている。
「だからどうした!」
力に負けるからと戦いに負けるとは限らない。
死角がなかろうと必ずやどこかに弱点があるはず。
「心を燃やし、魂の炉にくべろ!」
自らを鼓舞し全神経に意識を循環させる。
それはもう頭髪の先から足爪の先まで。
例え勇者としての能力が封印されていようと、記憶にある経験を武器にしろ。歴戦を乗り越えし肉体を窮地の突破口にしろ。
「はああああっ!」
腹に力を込めて力強く叫んだ龍夜は日本刀を手に飛びかかる。
真っ正面から飛びかかったからこそ、勲は狙い澄ましたかのように右腕を槍のように伸ばしてきた。
今龍夜は飛びかかったことで宙にいる状態。
力強く踏ん張って軌道は変えられず、バカ正直に迫る拳に突っ込んでいる。
「ほっ!」
その顔面に勲の拳が接触する寸前、龍夜は身をほんの少し傾けては生じた拳圧を利用して紙一重で回避する。
勲の眼下に着地した龍夜はその衝撃をバネの反発力のように利用し、股下から胸部にかけて切っ先を鋭く切り上げる。
切っ先から硬き手応えがあろうと天井まで届かせんとする勢いで力の限り振り抜いた。
「ガアアアアアアアアアッ!」
異形の叫びが室内に響き渡る。勲は胸元から血を滴り落としながら壁際まで後退する。
対して龍夜は追撃をかけず、後方に跳ぶ形で下がり距離をとる。日本刀を構えたまま、勲の刀傷に鋭い眼光を向けてその状態を観察していた。
「傷が塞がっていない?」
注視すべきは勲の胸部ではなく右足首。
銃弾を受けた際、着弾した瞬間から再生した時と異なり、刀傷は再生せず血を滴り落としている。
「リビルドを篭めて斬られたからこそ再生を阻害しているのか?」
負の存在である霊体にとって正に位置するリビルドは弱点だ。
このまま斬り続けることで勲に入り込んだ霊体を削り取り倒せるだろう。
だが、体力も気力も有限。今後の探索と、勲のような変異体と戦闘の可能性を踏まえれば手短に勝負をつける必要がある。
「アナタ、アナタアアアアアアアアアア!」
勲の背面の望美が絶叫する。
ミイラの細腕を伸ばせば、死した避難民を抱き寄せる。
胸部に縦の亀裂が走る。花弁開くように拡張する肋骨が大口となり抱き寄せた避難民を飲み込んだ。
勲の赤褐色の肌が波打ち、刀傷が塞がっていく。
咀嚼音が響く中、肥大化した勲の右腕に変化が起こる。
龍夜に向けて開かれた五指。その手の平にほの暗き穴が現れた。
「――まさか」
口走るよりも先に龍夜の本能がその足で走らせていた。
轟音が響き、床から天井にかけて真っ赤に染まる。
壁面にこびりつく赤は人間の血肉、突き刺さる白きものは人間の骨。
望美が取り込んだ避難民は勲の傷を癒す糧になるだけでなく、砲弾としても利用されていた。
「んなのありかよ!」
龍夜の声はたじろごうと、走る足は止まらない。
大砲と化した異形の右腕。龍夜は直撃を受けぬよう右に左に走り続ける。
勲が壁際に陣取っているからこそ、先のように円の動きで翻弄することができず、一定間隔で撃ち出される人間を龍夜は緩急をつけながら回避する。
距離をとれば砲弾として放たれる人間が、近づけば伸展する腕と怪力が襲う。
加えて砲弾として放たれた避難民の血肉が床や天井に広がり、龍夜の速度と移動範囲を殺しに来る。
「おおっと!」
今、右靴裏が血肉に触れたことでスリップを起こす。
咄嗟に掴んだ鞘を床に叩きつけ、倒れかけた姿勢は整えた。
どう攻めると自問し、思うように攻めれぬ自分に歯噛みする。
「だったら!」
追いつめられた龍夜は起死回生の一手を打った。
すぐ側には外から蹴破られた扉。その側には照明のスイッチ。
剣道着の懐に左手を突っ込ませたと同時、反対の右手をスイッチに叩きつけ、全照明を落とした。
一瞬にして室内は暗闇に包まれる。
咀嚼音と砲撃が止む。
勲は異形の右腕を伸ばしたまま動かない。
靴音一つ響かぬ静寂は短かった。
天井から真昼の輝きが室内を眩く照らし影が動く。
輝きの正体はカンテラボール。
勲は輝きに目を眩ませることなく、伸ばした右腕で影を掴み上げた。
「――っ!」
だが、勲が掴んだ影の正体は衣服だった。
「残念、そいつは囮だ!」
衣服は、なんの効果も付与されていないただの防寒着。
異世界の服飾職人が天然毛皮一〇〇%で織り込んだ一級品。
動物愛護団体が発狂しそうだが、愛着があるからこそ持ち帰った。
肝心な龍夜は隠透の衣により姿を眩まし、勲の懐に飛び込んでいる。
すでに再使用できる時間は過ぎていた。
「はああああああっ!」
龍夜の雄叫びに勲の挙動が一瞬だけ鈍る。
この空隙を突かぬ龍夜ではない。
全身全霊、両手で握る日本刀に意識を集中させた。
先の切り上げで肋骨の位置は掴んでいる。
水平に構えた刃の切っ先が勲の肋骨の隙間に突き入れられ、胸部から背面の望美にかけて深く鋭く刺し貫いた。
当然、応酬として勲は異形の右腕を高く振り上げる。
日本刀を引き抜こうと大胸筋が締まり、抜くのを妨げる。
だが、龍夜は引き抜くどころか全体重をかけて日本刀を押し込み、勲は振り上げた右腕を何故か振り下ろせずにいた。
「せいはあああああああああああああっ!」
裂帛のかけ声が室内に響く。
共鳴するように勲の全身が激しい痙攣を繰り返す。
それは龍夜を通して日本刀から流れ込むリビルドが勲の体内に巣くう霊体を消し去っている故に起こった現象であった。
勲の巨体が揺れ、大胸筋の拘束が緩む。
龍夜は勲の胸部に足をかけ、支点にすれば日本刀を抜き去った。
巨体は仰向けに倒れ込む。赤褐色の肌は血の気のない肌に戻れば、異形化した右腕が縮むだけでなく本来あるべき人間の姿に戻っていた。
「おじさん、おばさん!」
抱き合うように動かぬ一組の夫婦。
声をかけようと動くことはない。
改めて身体を見れば無数の弾痕が刻まれている。
本来なら撃たれた時点で生きてはいない。
死していながら生きていたのは霊体蔓延る異常な空間だった故か。
「ごめん。こうすることでしか……」
声に涙を含ませながら謝罪した時、声が聞こえた。
娘たちを、見つけだしてくれ。
幻聴ではない。父親の最期の願いだった。
ならば誓おう。比企家の人間ではなく一人の男として。
「――分かった。見つける。絶対に助け出す!」
仮に希望の正体が絶望であろうと、龍夜に止まる理由はない。
生きる。そして見つけだし救い出す。
龍夜は拳を強く握りしめ、夫婦に誓いを立てた。
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