第10話 殺されるより殺す方がマシだろう!

 龍夜は勲に掴まれた男たちを睨みつければ鋭い声で問う。

「お前ら、ここの人たちに何をした!」

 答えなくとも惨状を見れば嫌でも分からせられる。

「ちょ、ちょっと食料を分けて、もらおうと立ち寄ったら……」

「嘘だ!」

 言い訳見苦しい男の発言を遮るのは勲の怒声だ。

 荒い呼吸に血走る目は怒りに燃えている。

「突然押し掛け、女子供関係なしに発砲したのは誰だ! お前たちだろう!」

 涙と憤怒に染まる勲は語る。

 前触れもなく突然現れては要求もなく発砲した。

 誰もが身を寄せ合って外からの恐怖に避難していた者たちは事態も把握できず凶弾の餌食となり――死んだ、殺された。

「どこもかしこもゾンビだらけなんだぞ!」

「部屋空けたらわんさかなんて当たり前だ! 市場の食堂はまさにそうだった!」

「先取防衛だよ! 殺されるより殺す方がマシだろう!」

 非を一切認めることなく言い訳を並べまくりときた。

「人間のやることか!」

 龍夜の中で胸郭が義憤で膨れ上がる。

 この非常事態に、人を人と思わず、命を気軽に奪っている。

 躊躇させないのは手に持つ銃火器。

 指先一つで簡単に人を殺める道具は恐怖心はおろか倫理観すら欠如させ、人を人と思うことなく簡単に殺していた。

「お前ら――」

 生かしておけない。剥き出しの歯をギリリと強く噛みしめる。

 龍夜の中で義憤が殺意に染まった時、勲は突然として全身を激しく痙攣させてきた。

 同時、見えぬ無数の何かがこの部屋に集っている。

 勇者としての経験と勘が警鐘を鳴らす。

 肌を舌先で舐められるような不快感の正体は霊体の移動だ。

 その移動先は――勲の身体!

「ナンデ殺シタ。ミンナ、ミンナ、必死デ生キヨウト……」

 勲の虚ろな目に憎悪の光が宿り、変異が全身に及ぶ。

 激しく痙攣する肉体は急激に膨張し肥大化。三倍の体躯にまで膨れ上がり、口は耳元まで裂け鋭利な歯を露わとする。頭皮は消え失せ、野猿のような顔つきとなる。表皮はケロイドのように暗褐色に染まり、人としての形はあろう、もはや人とは呼べぬ姿となっていた。

「妻ヲ、殺シタ。オマエラガ妻ヲオオオオオオオ!」

 異形と化した勲が叫ぶ。

 叫び、握りしめた三人をゴミクズのように呆気なく握り潰す。

 コロコロと小さな球体が肉塊から転がり落ち、龍夜の靴先に当たって止まる。

「っ!」

 球体の正体は眼球。

 血塗れの眼球は龍夜を捉え、助けなかった逆恨みの視線を放つ。

 指先一つで命を奪ってきた者たちが、ただの一握りで命を奪われた。

 必然で、皮肉的な末路だった。

「……お、おじさん」

 人だった歪な肉塊はゴミのように投げ捨てられる。

 愕然と龍夜はこの蹂躙を眺めているだけだ。

 勲が変貌した原因は霊体の影響だと仮説するが、異世界スカリゼイにて死霊があのように変異した実例はない。

 端的に言えば、死霊は所詮、動く死体なのだ。

 現実はファンタジーよりファンタジーとの思考を口に出す余裕はなかった。

「マダ一人イル。妻ノ、ミンナノ仇」

 異形化した勲が虚ろな顔を外に向ける。

 一人、虫の息だが外にいる。壁をぶち抜いて外に弾き出された奴だ。

 見捨てるか、いや、と龍夜は異形化した勲の前に立ち塞がる。

「悪いがおじさん。そいつを殺すのはちょっと待って欲しいな」

 龍夜とて義憤により芽生えた殺意があるからこそ、勲の怒りと怨みは否定しない。

 襲撃者に組みもしないが、情報を吐かせるために生かす必要がある。

 死人を生き返らせる能力など龍夜にはない。

 だが、外の人間は瀕死の状態、完全回復薬を用いれば情報源となる。

「ナゼ邪魔ヲスル。アイツラノ仲間ナノカ」

「断じて違う! 情報を吐かせるためにひとまず生かしておくだけだ!」

 頭を激しく左右に振るい龍夜は否定する。

 会話内容からして主導する者がいる。

 どこから銃火器を持ち込んだのか、祖父宅を荒らしたのはお前たちか、この惨状はいつからか、龍夜を狙撃したのは誰か、延命を条件に聞き出す必要があった。

「キミハイツダッテソウダ。イツモイツモ、白狼クンニ先ンジラレル。ドウシテモットハヤク来てクレナカッタ。ドウシテ突ぜんイナクナッタ。子供タチハ、消エたキミノコトを、マイニチマイニチ心配しテ、優希ハ、ユキハアアアアアアア!」

 勲としての慟哭はここで終わりだった。

 次の瞬間、獣のような唸り声と共に、肥大化した右腕を龍夜に叩きつけてきた。

 振り下ろされる寸前、龍夜の生存本能が身体を突き動かす。身を低く屈めると同時、力強く床を蹴っていた。

 激突音に続いての風切り音、龍夜が立っていた場所は右腕で穿たれていた。

「おじさん! 優希がどうしたんだ! ここにはいないのか!」

 問いかけようと龍夜の声は届くことはない。

 獣のような唸り声を上げるだけで龍夜に迫り来る。

「くっ、またこのパターンかよ!」

 霊体に意識も身体も奪われた。

 先ほどの男たちの見苦しい言い訳が脳内でリフレインする。

『殺されるより殺す方がマシだろう!』

 生きるか死ぬかの現状、殺さなければ生きられない。生きたければ殺さねばならない。

 まさに、殺るか、喰われるかDO・OR・DIE

 生き残った者は勝者であり死んだ者は敗者。

 単純な弱肉強食だ。

「――ごめん、優希、勇……」

 この場にいない者たちへの謝罪はただの自己満足だ。

 だとしても生存という僅かな希望がある。

 むざむざと殺される訳にはいかず、罪悪感という悲観的な思考は捨てる。

「今からおじさんを斬る!」

 覚悟を顔に刻み、叫ぶ龍夜は抜刀した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る