第7話 どこかで死んでくれないかしら
平和な現代日本では不釣り合いで物騒なもの。
それは――
「銃?」
龍夜は、ありえぬ物に顔をひきつらせる。
その手の趣味に疎いため銃の種類や正式名称は分からない。
紛争の報道や演習番組で見るような両手持ちの大きな銃から警察ドラマで見るような小型の拳銃。
拳銃は警察官が持っていてもおかしくないが、一般人が大きいサイズを持ち歩くなど日本では物騒であり危険すぎだ。
「サト姉たちの身体にも弾痕はあったが、誰かが島に銃でも持ち込んだのか?」
頭を傾け、なんのためにと考え込む。
クーデターを起こすにしても、霞ヶ関と霞ヶ丘ぐらい場所が間違っている。
ただ祖父宅が荒らされていたのを踏まえれば無関係とは言い難い。
「それだと死霊たちはどこから湧いた?」
ホラーパニック映画では死霊が溢れた原因は地獄の釜が開いたからとされている。
死霊をフィクションと考える現実的な一般人ならウィルス流出によるバイオハザードだと考えるだろう。
現実、非現実問わず、下手をすれば世界中に動く死体が溢れていることになる。
謎が謎を呼び、疑問は尽きない。
「ってこいつら!」
龍夜の眼前で無数の影が蠢く。
蠢く影の正体は這い寄る死霊の手。
即座に身を翻して距離をとる。
見れば死霊たちは積み重なる煉瓦のように身体を重ねに重ね、屋根の高さにまで至っていた。
そうまでする知性が残っていたのか、寄るに寄り、押すに押されて倒れ重なった結果かはさておき、無駄な戦闘は極力避ける。
龍夜は再使用可能となった青き外套を纏うなり、屋根から屋根に飛び移り、瓦礫を踏み台にして死霊を引き離した。
「こりゃ知性持ちの変異個体がいてもおかしくないぞ」
異世界スカリゼイの死霊の中には生前の知識と技術を寸分違わず利用してくる個体がごく希にいた。
武芸や魔術などずば抜けた能力を持つ者ほど、変異個体になりやすく、旅の障害となる。
「生存者に擬態するのはまだマシだ。死にたてホヤホヤだからできるが、時間と共に腐り、腐敗臭ですぐバレる」
異世界での道中、立ち寄った村での出来事を忌々し気に思い出す。
そこは一見してただの農村であったが、既に死霊により壊滅した後だった。
村民の誰もが自分が死霊となったことさえ自覚していない。
生前の記憶通りに生前通りの生活サイクルを繰り返す。
メルキュルル=ワズウイワーメズン曰く、死して消えるはずのリビドルが何らかの原因により残留していたことで起こる現象とのこと。
無自覚のまま、生者を死霊の群潜む地点まで誘導し罠にかける。鍵のかかった扉を開けるのは序の口。城壁をハシゴで登る。武器を使い、生前以上の力で襲い来る。
暗闇より響く助けを求める悲痛な声に誘われ、何人もの人間が犠牲になった。
「見えてきた!」
カンテラボールが目的の草原宅を照らす。
一階が広めに作られた二階建ての建造物。
広めなのは一階が飲食店だったからだ。
かつて草原食堂として島民に親しまれ、昼時には多くの人たちが利用した。
もっとのそれは一〇年前の話。
経営者であった祖父が亡くなったことで食堂は閉鎖。
息子が役所勤めの公務員であり跡を継ぐことなくそのままリフォームされる予定であった。娘である優希が食堂を継ぐのを希望したことで一時閉鎖の形で保存されていた。
「優希の奴、最近、料理の腕が上がって死んだじいさんの味に近づいているからな、生きていてくれよ」
逸る気持ちを抑えたくも周囲に死霊がいないことから自然と足早になる。
この地域の家屋は地震による倒壊を免れたのか、龍夜の記憶と一致した形のままだ。
「不躾な来訪で悪いが」
目的地まで道路を挟んで向こう隣。
今いる屋根を足場にして、そのまま草原家宅の二階ベランダに降りんとする。
断じて侵入ではなく進入だと心に言い聞かせた時、右視界端から小さな閃光が走る。
「へっ?」
乾いた音が暗闇に響いた直後、龍夜は宙で姿勢を崩す。
前のめりのまま、頭から窓ガラスに激突する形で草原家にたどり着いた。
暗闇に鮮血の花が咲いては誰が見ることなく散る。
それは一〇歳の頃の記憶。忘れたくとも忘れられない記憶。
とある夜、龍夜は尿意で目覚め、瞼をこすりながらトイレに向かっていた。
薄暗い廊下を一人でフラフラと歩きながら、トイレを済ませて寝室に戻らんとした時、両親の声を拾う。
「お~白狼はともかく龍夜は今回のテスト、頑張ったじゃないか。前回、できなかったところが今回はしっかり出来ている」
「それがどうしたのかしら? 担任の先生がおっしゃっていたけど、白狼、クラスで誰も解けなかった問題をただ一人解いたそうよ」
襖の隙間から明かりが漏れ、こっそりのぞき込めば両親が対面する形で座っては自分たちについて話している。
テーブルの上には返却されたテスト用紙。
今回はかなり頑張った。確かな手応えはある。点数だって一〇〇点だ。
クラスメイトたちは、双子がそろって一〇〇点取ったと冷やかしては誉めほやす。
だけど、両親、特に母親の顔はどこか苦く、忌々しさと苦々しさが言葉に混じっていた。
「運動も成績も双子だけに全く同じ。どうして双子じゃなく白狼だけで生まれて来なかったのかしら?」
「しょ、翔子さん、子供たちに聞かれたら」
「聞かれていいのよ、別に。勉強も運動を白狼の邪魔ばかりして。あんな子、生むんじゃなかったわ」
母親の発言に龍夜は足下が崩れ落ちる感覚に囚われた。
いつからか、母親の言動にひっかかりを感じていた。
どこか白狼ばかり見て、龍夜を見ない。見てくれない。
テストで一〇〇点を取ってもかけっこで一着になっても、誉めるのは白狼ばかり。逆に白狼に勝てば不機嫌となる。父親は父親で誉めてくれるもどこか控えめで、母親の視線を感じれば誉めさえもしない。
「いつもいつもいつも白狼が先を行くのに、龍夜が追いついて邪魔するのよ。無能ならどれだけ助かったか。あなただってそう思っているでしょう? 龍夜さえいなければこの家は安泰だと」
「いやね、しょ、翔子さん、子供にそんな――うん、そうだね、そうだよね」
反論を紡ぎかけた父親は母親の鋭き眼光に気圧されて賛同してしまう。
婿養子だからか、父親は母親に従ってばかり。
父親の意見らしきものを一度たりとも聞いた記憶はなかった。
「お父様は一八になったら比企家のしきたりに則り決闘で跡継ぎを決めるとかおっしゃっていたけど、勝つのは白狼なんだからやるだけ無駄よ」
深いため息が室内から響く。
漂う空気は否定と失望と落胆。
親の言葉は龍夜の心に入り込み、深く深く、落としていく。
気づけば気取られることなく龍夜はこの場を離れていた。
「はぁ~龍夜、どこかで死んでくれないかしら。そうすればこの家も、白狼も幸せに暮らせるのに」
母親が絶対に言ってはいけない言葉。
子供が聞かなかったのは不幸中の幸いだっただろう。
それでも龍夜が壊れなかったのも、非行に走らなかったのも、しっかりと見て、支えてくれる人たちがいたからだ。
祖父は娘の言動にこのままではダメだと龍夜を引き取り、武のあり方を教えこむ。
祖母もまた娘を叱りつけては、龍夜に人として、善なる立ち振る舞いを教えた。
両親に認めて貰いたい。誉められたい想いは確かにあった。
だが、成長するにつれて想うだけ無駄だと痛感する。
どう頑張ろうと、如何なる結果を出そうと両親は決して龍夜を見なければ認めもしない。
いや認めてしまえば、白狼の否定に、即ち自らの否定に繋がってしまうからだ。
両親が龍夜を否定し続けようと、認めてくれる者もいればしっかり見てくれる者は存在した。
優希もまたその一人だ。
祖父同士が友人だった縁で出会い、稽古後はよく手作りのおにぎりを頬張ったものだ。
双子だろうと双子と見ることなく接してくれる。
好意はあった。ただ男女間の恋愛かどうか正直分からない。
確かなのは日溜まりのような心地よさが彼女にはあった。
ただ側にいるだけで否定された心が癒され認められる感覚。
この陽だまりの心地よさが、異世界おいて性的な襲撃を打ち破る基盤になるとは思わなかった。
「はっ!」
夢から覚めたような戸惑いが龍夜を襲う。
真っ暗闇の中、フローリングの床の冷たさが身体の仰向けを伝え、左肩に走る激痛が現実に引き戻す。
「ぐうううう!」
左肩を右手で抑えれば、ぬるりとした感触が指先を伝う。
意識喪失にて明かりが消えたカンテラボールをすぐさま点灯すれば左肩より血が溢れ、床を汚していた。
「撃たれた、のか……」
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