第6話 銃?

 

 龍夜が異世界スカリゼイより持ち帰ったマジックアイテムはカンテラボールだけではない。


 マジックアイテム<風跳ふうちょうの衣>

 三分間、身体の質量を軽減させ、俊敏さと跳躍力を最大一〇倍まで上昇させる。風が強い場所での使用は木の葉のように吹き飛ばされるため要注意。また強い衝撃を受けると効果が強制解除される。次回使用には五分必要。


 外見は空のように青い外套をしたマジックアイテム。

 時間制限があるも一度纏えば素早く移動でき、高い場所に移動できる便利アイテムだ。

「よっと」

 龍夜は強化された跳躍力で屋敷の屋根に飛び乗った。

 瓦が敷き詰められた屋根の上に立てば周囲を鋭く見渡し、安全を確認すれば外套を脱ぐ。

 外は真夜中のように暗やみに包まれ星明かり一つない。

「さてと」

 次いでストレージキューブから取り出したのは望遠鏡。

 筒が一つで右眼か左眼で覗き見る単眼鏡である。

 当然のこと、これもまたマジックアイテムであった。


<ヤミール>

 如何なる暗闇であろうと一〇キロメートル先まで綺麗に見通せる。

 倍率は手動調整であること、暗闇を見通す特性上、明るい場所での使用は失明の危険性があるため使用厳禁。特に太陽を直に見ないでください。頭部が集束光で消失します。


 異世界スカリゼイが暗闇に包まれたからこそ視界確保のために生み出されたマジックアイテム。

 愛着ある故に持ち帰ったが、まさか、この世界で一番使い道のないアイテムがこのような形で一番役に立つのは予想外だ。

「はてさて島はどうなってるやらか」

 カンテラボールの明かりを忘れず消せば、島の現状を一望せんと単眼鏡をのぞき込んだ。


 紡雁島は山口県に属し、本土より四キロ離れた位置にある。

 二等辺三角形をした北西五キロ・南北七キロの自然島。

 かつては雁が越冬のために訪れていたのが島の由来となる。

 一方で、平安時代においてこの島は悪鬼の巣窟とされ、比企家先祖が討伐したおとぎ話がある。

 島を根城とする海賊が鬼とされた説が有力視されている。

 主な産業は漁業と観光業。

 特に南方の山に聳えるエンジュの木々は観光名所であり、花期である七月から八月にかけて白色の蝶形花を多数開く。

 夜間に施されるライトアップは、蒼きエンジュの夜景として昨今ではSNSで話題となり観光知名度をアップさせた。

 特に本土と島を繋ぐ橋が完成してからは旅行者が増えるだけでなく、ベッドタウンとしての需要が高まり、かつては三〇〇〇人もいなかった人口も今では三〇〇〇〇人に膨れ上がった。


「それが今はこの有様か」

 覗き見えるは瓦礫の山。

 その瓦礫の山を夢遊病者のように行き来する死霊たち。

 ああ、やっぱりなと、ある程度、予測していた。

 記憶にある町並みは緩やかな坂に並んだ数々の家屋。

 今では瓦礫並ぶ光景に落胆はしない。

「ん、これってまさか例のタワーマンションか? 召還前は確か地ならしが終わっただけのはずだが」

 記憶にない建造物が映り込むなり両目を見開いてしまう。

 そのまま建造物に沿って単眼鏡を上に向けるも途中で止まる。

 途中まで、目測で一〇階までしかなかった。

「三〇階と聞いていたけど、まだ建設中か? いや違う」

 自の問いを鋭い声で否定する。

 答えはすぐ側にあった。瞬きを何度もしながら倍率を調整する。視野を広げれば、横倒しとなった建造物が家屋を押し潰していた。形と太さ、その位置からして倒壊したのは間違いない。

「地震でへし折れたのか? 家屋の倒壊具合からしてそうだが……」

 龍夜はすぐさま視線を落とし足場とする瓦屋根を踏む。

 力強く踏み込めば、ブーツ越しに瓦の硬い感触が伝わってくる。

 よって湧くのは疑問。

 何故、今いる屋敷は瓦一つ屋根から落ちていないのか。

 家屋、それもタワーマンションが倒壊するほどの地震ならば、この屋敷もただでは済まないはずだ。

 欠陥かとの疑念が脳裏に走る。

「津波が来てないのもまた」

 疑念は次なる疑念を呼び、龍夜は険しい表情を作る。

 家屋の倒壊具合からして、ある程度時間は経過しているはずが、どの家屋も津波に浚われた形跡がないのも謎だ。

「ええい、謎解きは後だ! 今は生存者を見つけだすんだ!」

 家族の心配は祖父以外していない。

 共に木刀を握り、稽古に汗を流した友たちはこの手で斬った。

 悔恨に押し潰されて自刃するのは容易い。

 だが、今は見つけ出すべき人が、助け出さねばならぬ人がいる。

優希ゆき、無事でいてくれよ」

 不安が声を軋ませる。

 草原優希くさはらゆき

 龍夜と同い年の幼なじみであり、双子を正確に見抜けば、家庭問題を抱える龍夜の苦しみを理解してくれた。

 ただ話を聞いてくれるだけだろうと龍夜は救われた。

 孤独から救ってくれたからこそ、救いたい願望がある。

 一方で一抹の不安は隠せない。

 この惨状で生存は絶望的。

 悲鳴も助けを呼ぶ声も聞こえないからこそ、島民全滅の文字が脳裏をよぎる。

 死んでいるのなら諦めがつく。

 死して死霊化しているのならば斬らねばならない。

 親しき人が生きている希望、親しき人を斬らねばならぬ絶望。

 相反する感情がいがみ合い、胸を軋ませる。

「……行こう」

 龍夜は自らに強く言い聞かせる。

 希望と絶望をいがみ合わせながら、暗き世界を迷い子のように歩き出した。


 皇女ル・チヤ=ゴドル=ルマノフは言った。

「命を賭けてまで戦う理由ですか? 民が安心して眠れる日々を皇族として作るためです」

 格闘家ルガル=ルワオガは答えた。

「理由なんて一つだよ。朝起きたら当たり前に家族がいて、一緒に遊ぶ友達がいる。帰ってきたら、ただいまと言う。そんな日をありふれた当たり前にしたいんだよ」

 錬金術師トルン=ゴルゴルフンは考えた。

「そうだね~。やっぱり錬金術師仲間とあれこれ実験したい、からかな。一人だとどうも詰まっちゃうからね、仲間がいると面白い発見があるから楽しいんだ」

 賢者メルキュルル=ワズウイワーメズンは語らずして目で語る。

「あ~はいはい研究ね」

 勇者として魔王に立ち向かうだけに誰もが確固たる理由を持っていた。

 一方で異世界に召還されたばかりの龍夜にある強い願望は、ただ元の世界への帰還のみ。

 誰かを守りたい。救いたいなんて情緒的な感情、殺し殺される状況下、持つ余裕がなかった。


 ただ生きたかった! 帰りたかった! 逢いたかった!


「この家は無事」

 とある民家の屋根に座る龍夜は島の地図にペンを走らせる。

 電車が走るのは橋のみで、島内を循環するのは私営バス。地下鉄なんてもの、本土に行くまで乗ったことはなかった。

「この道はダメと」

 今龍夜が行っているのはマッピングである。

 幼き頃から駆け回り、島の穴場すら把握しているが、倒壊した建物や事故車両が道を塞ぎ、地形ですら一部変わっている。

 単眼鏡ヤミールで覗き見た地形と記憶の地形が一致しないこと、明かり一つない真っ暗闇の中であることから、単独で進むのは迂闊すぎると判断した。

 暗闇の中をカンテラボールの明かりを頼りに進んでは、物陰や家屋に身を潜めて死霊との戦闘を極力回避、次いで無傷の家屋の屋根に飛び乗り地図にペンを入れるを繰り返す。

 何カ所か、大きくへこんだ地点があり、地震による隆起だろうと龍夜は読む。

「このまま進めば優希の家にたどり着けるはずなんだが」

 戦う力があろうと体力は有限、疲労は何もしなくとも蓄積する。

 今は体力気力共に余裕があろうと、余裕は窮地に呆気なく塗り潰される。

 大事なのはベストコンデションを維持するのではなく、バッドコンデションとどう向き合うか。

 ストレージキューブに便利アイテムや食料があろうと無限ではない。

 マジックアイテムは便利な反面、中には持続時間と再使用時間がある。

 異世界産の食料や飲料水・薬をたんまり持とうと、今後出会うであろう生存者に分け与えることも踏まえる必要がある。

 武器は刀一本。

 異世界で命を預け、命を奪ってきた無銘の刀だ。

「これなら蔵でも漁って予備の刀持ってくれば良かった」

 力ない声で舌打ちする。

 リソースはなんであろうと有限だと異世界の旅路で学んだ。

 失念だと後悔するも今引き返すのはリスクしかない。

 屋根から下を伺えば死霊たちがゆらゆらと身体を緩慢に揺らしながら集っている。

 明かりは消しているが、龍夜の発声を感知しているのか、それとも死霊だからこそ生者の命に引き寄せられたのかわからない。

 確かなのは死霊の誰一人とてただ集うだけで屋根まで登ってこないことだ。

「ん?」

 単眼鏡ヤミール越しに集いし死霊の群を覗き見た時、龍夜は違和感を得る。

 誰も彼も見知った島民ばかりなのは当然だが、引っかかりを感じていた。

「銃?」

 死霊の何人かの腰や胸元に大小種類の違う銃が下げられていた。

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