第8話 勇には悪いことしたな

「撃たれた、のか」

 ベランダに着地する瞬間、左端に閃光を捉えた。

 そこから先の記憶がない。

 間違いなく何者かの放った銃弾が龍夜に命中した。

 知性持ちの変異個体か、避難した生存者か、狙ったのか、偶然かはこの際、あれこれ考えている状況ではない。

 左腕が激痛により動かせず、血が流れ出たせいで意識は霞む。

 意識を喪失している最中、むしゃくしゃする何かを見た気もするが思い返す余裕もなかった。

「こりゃ……弾が、体内に残って、いるな……」

 目の周りが強張り、瞬きを繰り返す。

 異世界での戦闘経験が身体の異常箇所を把握させる。

 右ひざを矢に穿たれ、体内に刺さったままの鏃に悶絶した記憶が蘇る。

 同時に対象法もまた。

「嫌な記憶だが……ぐうっ!」

 龍夜は呼吸を乱しながら両膝をつく形で起き上がる。

 ただ少し身体を動かしただけで激痛が走り、蒼白となった顔から脂汗が流れ落ちる。

 震える右手でストレージキューブからサバイバルナイフと布切れ、そして親指ほどの小瓶を取り出した。

 布切れを奥歯で咥えこむ。

 鞘に収まったナイフを抜こうと、片手では抜けぬため、右太股の関節に鞘を挟み、体重をかけて固定する。

 そのまま逆手に抜き取ったナイフの刃先を一瞬の躊躇もなく左肩の傷口に突き刺した。

「ぐううううううっ!」

 異物を抉り出さんと刃先を動かす度、傷口から血は溢れ、脳を焼き尽くす激痛が貫き走る。

 視界は明滅し、奥歯が砕けんばかりに噛みしめては左肩にめり込んだ銃弾をナイフの刃先で抉り出した。

 コロリと軽い音が床の上に響く。

 無理に抉り出したからこそ傷口は開き、血はなお溢れ落ちる。

 霞む意識の中、震える手で掴んだ小瓶の液体を傷口にぶっかけた。

「はぁはぁはぁはぁ」

 液体が傷口に触れた瞬間、映像の逆再生のように傷口は瞬く間に消え失せ、蒼白であった顔色も健全な状態に戻っていく。

 ただ剣道着の左肩に穴が開き、血で汚れたままとなった。

「まさかこんな形で使う羽目になるとはな」

 龍夜が使用したのは完全回復薬と呼ぶ異世界の薬だ。

 魔王討伐の報酬の一環として一〇ダースほど(根こそぎ勝手に)貰ってきた。

 毒で壊死しようと、マグマで炭化しようと、凍傷で指が欠損しようと、生きている限り五体満足で完全に回復させる治療薬。

 絶大な効果だが一本作るのに複雑な製薬過程を一年繰り返す必要があれば、外気に五分も晒せば劣化し効果を失う希少品だ。

 失った血液さえ回復させるも、体内に鏃のような異物が残っている場合、使用前に摘出する必要がある。

 そうしなければ傷口を塞ぐ形で体内に異物を残すことになるためだ。

 高度の治癒使いならば異物があろうと摘出する手段を踏まずして完全回復させるも龍夜は使い手ではなかった。

「この部屋は確か……」

 床に散乱する窓ガラスをブーツが踏みしめる。

 改めてカンテラボールで照らした室内を見渡せば見覚えある部屋だった。

 ランドセルや野球道具が棚に置かれていれば、剣道道具だってある。

 マンガやゲームが机の上に出しっぱなしから遊び盛りのようだ。。

「あ~いさむには悪いことしたな」

 ばつの悪そうな顔で頭皮をかく。

 草原勇は優希の弟で小学五年生だ。

 この年頃らしく活発で生意気盛り。姉にちょっかいかけては何度も痛い目に遭う一方、龍夜を兄のように慕っている。

 祖父の道場の門下生でもあり、放課後に竹刀を振るえば、少し目を離した隙に同学年と庭先でサッカーにしゃれ込むなど元気いっぱいな子供だ。

「愛用のサッカーボールが部屋にないとみるに、あいつまた稽古から抜け出してサッカーしていたな」

 基本的に真面目なのだ。白狼と違って。しっかりと稽古は欠かさず参加しているが、こっそり抜け出すほど元気が有り余っているだけなのだ。

「ともあれ」

 気を引き締めた龍夜はドアに耳を添えては室外の音を伺う。

 呻く声や這いずる音がなくとも気を緩めることなくゆっくりとドアノブを回して廊下に出る。

 人の気配は感じられず、室内は祖父宅と異なり荒らされていない。

 玄関に靴がないのを見る限り、家族全員どこかに避難したのかと読む。

「これは」

 居間にきた龍夜はテーブルに書き置きを発見する。

 見覚えのある字の癖からして母親が残したもののようだ。

「えっと、優希、勇へ。私たちは公民館に避難します。無事ならすぐ連絡ください」

 文面から読みとれるのは連絡が取れず、やむを得ず書き置きを記した。

 無事だと祈りたいが、安否は不明のまま。

 この家に立ち入ったのは龍夜以外いない様子から、子供二人が書き置きを読んだ可能性は低い。

 ともあれ次なる目的地は決まった。

「公民館か、避難場所としては学校と同じく妥当だろうな」

 ふと脳裏にひっかかりを感じる。

 違和感の微電流が龍夜の手を動かし、テーブルに地図を広げていた。

 現在地は草原宅、目的地である公民館は直線距離で五〇〇メートル先にある。

 正確に言えば緩やかな坂を上った中腹に公民館はあった。

 無意識ながら右手が左肩に触れる。

 傷口は完全に塞がろうと、剣道着は血に汚れたままだ。

「位置的に考えて……ここから飛んできたと考えていいよな」

 撃たれたとしても、ようやく生存者と出会える希望は隠しきれない。

 再会した時の説明に骨は折れるかもしれないが、死霊でないからこそ対話の余地がある。

 生存者として受け入れてくれるはずだ。

「いや――なんかピリピリする」

 胸に芽生えた希望を龍夜は否定した。

 否定は違和感の微電流を、第六感の警鐘に変えて激しく危険を知らせてくる。

 バカ正直に向かうのは危険。

 今なお状況が把握できぬからこそ現状を知る必要がある。

「そういう時は――これの出番か」

 やや険しい顔つきの龍夜はストレージキューブから黒い外套を取り出した。


 マジックアイテム<隠透いんとうの衣>

 可視光線を偏向させる特殊な素材で作られた外套。

 着用すれば一五分間、姿を周囲に溶け込ませ隠蔽効果を得る。

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