第3話 みんな――ごめん!

 知らない者など誰一人としていない。


 家政婦たちのまとめ役であったキクばあさん。

 亡き祖母と公私を越えて仲が良く、龍夜を実の孫のように可愛がってくれた。

 沢田のおっさんはスーパーを経営し、門下生に出す食材を配送してくれた。

 料理長の十和田のじいさんは優希のじいさんとは料理仲間で切磋琢磨しあっていた。

 悟、萌衣、真次、美智の四人はクラスメイトであり、同じ道場の門下生として木刀を打ち鳴らし互いに研鑽しあった。

 誰もが龍夜の抱える家庭問題に利害に縛られることなく接し、困った時はよく助け船を出してくれた。

 この中に祖父と幼なじみがいないことに安堵したのも束の間、龍夜の親しい人物が死霊となり、喰らい尽さんとしている。

「ぐっ、ぐああああああああっ!」

 四方から死霊たちが襲いくる。

 龍夜はただ叫ぶしかない。

 胸が張り裂けんばかりの慟哭の叫び。

 死の指先が龍夜に触れる寸前、四方の畳を力強く蹴り上げては進行を阻害する壁とする。

 生者ならば驚を突かれて立ち止まろうと、相手は死者。遮蔽物となった畳を歯牙にもかけず、そのまま押し込んできた。

 龍夜は四方を畳で囲まれ、その場に縫いつけられる。

 死者の指先が畳の隙間から延びた。

「みんな――ごめん!」

 畳の檻の中で龍夜は膝立ちの姿勢でいた。

 刀の束を握りながら無駄だと分かる自問をする。

 何故、死霊で溢れているのか。

 何故、皆が犠牲にならなければならないのか。

 ただ確かなのは、今より斬らなければならぬこと。

 理由も状況も把握できぬまま、ただ殺されるのはごめんだ。

「すう~はぁ~」

 瞳を閉じ、乱れた精神を呼吸を整える。腹に力を込め吸い込んだ空気を肺に溜めては血液を介して全身に行き渡らせる。

 刀を持った時点で精神を切り替えるべきだった。

 状況に戸惑い、流された。異世界を救った勇者であろうと、この世界の龍夜は一七歳の高校生。

 勇者としての能力もスキルも全て封印している。

 それでも培われた経験は記憶として身体に宿っていた。

「はっ!」

 死霊たちが畳押しのけ龍夜に肉薄すると同時、目を見開き抜刀していた。

 暗闇に銀の閃光が疾走する。

「覇迅連牙斬――もどき!」

 裂帛の気合いと共に。

 その太刀筋に迷いはない。斬り下ろしは斬り上げ、薙ぎ払うの繰り返し。銀の閃光が煌めく度、死霊の腕が足が、胴体が飛ぶ。一定の場所に留まらず円の動きで死霊を翻弄していく。

 自らの生ある未来を繋げるため、死の走狗となった者たちをここで斬る。

 斬る度、走馬灯の如く皆との日々を思い出してしまう。


 ――キクばあさん、あんたは青森に住む孫が夏休みに訪れるのを毎日楽しみにしていた!


 ――十和田のじいさん、あんたは俺があいつの代わりに鍛えてやると優希をバイトに引き入れて料理のイロハを教えてくれた!


 ――沢田のおっさん、店舗がタワーマンション建設で立ち退きになろうと配送のみに切り替えて上手く商売していたな!


 ――悟、お前は父親のような警察官になりたいと一日たりとも稽古を欠かさなかった!


 ――芽衣、お前はデザイナーになると体力づくりに剣道初めて、それから資金作りのバイトだって頑張っていた!


 ――真次、お前は写真家となって島の魅力を広く伝えたいって夢を語っていた!


 ――美智、でっかい芸能事務所からスカウトされて、高校を卒業したら上京してアイドルを頑張るって張り切っていたよな!


 だが、そのような未来、二度と訪れない。訪れることはない。

 誰もが既に死んだ身。殺された身。

 強かろうと、弱かろうと死ねばただの骸。

 いくら現実が不条理塗れなクソだとしても死は平等に訪れる。

 訪れるが、目の前に広がる死を龍夜は否定する。

「こんなのは死じゃない! これは死への略奪と凌辱だ!」

 死していながら死に至れぬからこそ、この刃で死に至らせる。


「ふんっ!」

 静寂となった大広間に一人立つ龍夜。

 刀身にまとわりつく血を振るい落とす。

 命の残滓たる血潮は龍夜の剣道着に一つも付着していない。

 それは親しき人たちを斬った重い事実が付いた故か。

 二〇はいた死霊は物言わぬ死体となり倒れ伏している。

 死は静謐であるべき。

 死者は眠るべきなのだ。起きるべきではないのだ。

 この言葉通り、誰一人とて再び起き上がる気配はなかった。

「どういうことだ?」

 本当の死体を前にしての自問。

 確かに死霊の器たる肉体を斬った。

 今宿る器が使用不能となれば別なる肉体に移らんと霊体が這い出てくるはずが、肉体から消失しているのを感じていた。

 龍夜に霊体を直視できる才覚は勇者だったろうとない。

 代わりとして、そこにいる、と直感的に捉えることができた。

 だから霊体が身近に存在していればゾワゾワとした産毛が逆立つ感覚が生じるはずが毛先一つ立たないのだ。

「能力だってスキルだって封印しているんだぞ? 何故、霊体が消えている?」

 先ほど使用したスキルも異世界で得たスキルの一つを再現したもどきにすぎない。

 本来なら武具に心の力を込めて連続で斬りつけスキル。

 使用時において刀身をオーラが覆い、切れ味と射程を延長させる追加効果がある。

 技名を叫ぶのも単に強き意志を外に放出する行為に過ぎない。

「封印が解けている? いや違うな」

 直感のまま刀握る手に力を込め、心を、意識を集中させる。

 なんとなくだが、ほんのりと刀身より沸き上がるナニカが感じられる。

 この感覚を龍夜は知っている。


「リビドルだと?」


 リビドル――それは心の力。

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