龍夜編 斬の章

第1話 ぬんだごりゃごら!

 比企龍夜ひがたつやが異世界スカリゼイにいたのはおよそ二年。

 生まれ故郷である瀬戸内海に浮かぶ紡雁島つむかりじまに帰還を果たす。

 目映い光が静まった時、暗き部屋に独り佇んでいた。

「懐かしき、我が部屋――ってあれ、真っ暗だぞ?」

 帰還に感極まって天に突き出された拳は、光一つない真っ暗闇にて下落する。

 窓が開きっぱなしなのか肌を外気が撫でくる。

 帰還時刻は恐らく深夜。

 だが、入り込む外気が不快感を与え、異世界での戦いが記憶を刺激し産毛を逆立てる。

「部屋の匂いは嗅ぎ慣れた木材の匂いだが……」

 張りつめた神経を落ち着かせながら龍夜は深呼吸。染み着いた動作で手を伸ばしては壁際にある照明のスイッチに手を伸ばす。

 指先がスイッチ触れる。そのまま押し込むも、カチカチと乾いた音が室内に響くだけであった。

 停電かと脳裏にかすめる。次いで腹に力を込めては叫んだ。

「サンフラッシュ!」

 龍夜の叫びが暗闇に吸い込まれて消える。

 フラッシュと叫ぼうと部屋に光一つ差し込まない。

 しばしの間、虚無が龍夜の心を縫い留めた。

「……やっぱり使えないか」

 自嘲気味に龍夜は肩をすくめた。

 今のは異世界スカリゼイで拾得したスキルの一つ。

 暗闇に包まれし領域を目映い光で照らし闇を消し去るもの。

 簡潔に言うならば、周囲を目映く照らす照明スキルである。

 広範囲の割に少ない心の力で使用できるため使い勝手が良く、闇を消し去る広範囲攻撃として高い使用頻度を誇っていた。

「まあ勇者の力は封印したんだ。当然だろう」

 勇者の力は強大で危険だ。

 魔王という脅威が存在する時にこそ振るわれるべきだが、平時には逆に勇者が脅威となりかねない。

 特にここ現代日本では、個人が核兵器を所持しているようなもの。

 剣の一振りで山を砕き、海を割るなどザラ。

 故に帰還する際、勇者としての身体能力も会得したスキルも全て封印した。

 異世界の力を現代日本で振るえば確かに最強だろうと、そのような力に頼らず己を鍛えたい想いがあった。

「使えるか?」

 次にと龍夜は懐から手のひらサイズの立方体を取り出した。

 それは<ストレージキューブ>と呼ぶ異空間収納ボックス。

 異世界の錬金術と魔導の融合により制作され、持ち主の心の力に応じて収納量が変化するマジックアイテム。

 生きた物以外収納でき、収納している間は腐敗することなく状態保存される。

 勇者として高い素養を持つ龍夜は能力を封印された今でも町一つを丸ごと収納できた。

「便利アイテムを色々と持ち帰ったのは良いが、世界転移とか世界の法則の影響で使えないと宝の持ち腐れだぞ」

 主に生活に使えそうなアイテムを収納している。

 後は異世界で使用していた愛着沸いた装備や野営道具に食料、後は魔王討伐報酬で頂いた大量の金塊である。

 特に金塊は今後の生活プランに必要不可欠だが、量が量だけにどこで換金するかが問題であった。

 それ以前にストレージボックスが使えなければ開かずの金庫だ。

「お、使える!」

 ストレージボックスに手を添えればほの暗き穴が開く。

 後は目的のアイテムを意識すれば、ストレージボックスが自動で掴ませてくれる。

 取り出したのはテニスボールサイズの球体。

 球体は龍夜の手を放れて浮き上がれば目映く輝きだした。

「うお、眩し!」

 昼間のような輝きに目を眩ませてしまう。

 球体の正体はカンテラボールと呼ぶマジックアイテムである。

 手放して使える照明を謳い文句に人気を博した照明器具。

 使用者の意識と連動して照らしたい場所だけを照らせば、常時浮いているため両手が塞がることなく作業できる。

 特に野営設営時において重宝した。

「あ~目がチカチカする」

 明るさを調整しながら異世界のアイテムは問題なく使えると安堵した。

「って、ぬんだごりゃごら!」

 安堵など一時期なもの。

 光に照らされし部屋の惨状に、龍夜は喉から変な声を飛び出させた。

 一〇畳ほどある間取りには本来なら勉強机やクローゼット、本棚やベッドが設置されている。

 外気吹き込む原因は割れた窓ガラス、あらゆる家具は引き倒され中身を散乱、畳には土足で踏みにじった痕跡すらある。

 割れたガラスの散乱具合からして、外から、それも投石で割られたものだと部屋にあるはずのない複数の石で判明する。

「泥棒にしても、嫌がらせにしてもお粗末だろう」

 この島で龍夜の存在を疎ましく思う人々はいる。

 だがそれ以上に好意的に接してくれる人々もいる。

 家庭の事情により中学にあがると同時、祖父の家で暮らし始めた部屋が見るも無惨な光景に閉口するしかない。

「俺が召還されてから、どのくらい経っているんだ? 一応、一ヶ月から半年の時間軸に転移しているはずだが……」

 割れた鏡面台を起こしながら自問する。

「俺の顔、は老けてないな」

 割れた鏡に映る自分の顔に龍夜は胸をなで下ろす。

 黒髪に、釣り上がった目尻、力強さが宿った瞳、服装は剣道着に異世界製のブーツ、腰には鞘に納められた刀が下げられていた。

「あっちの世界には二年いたんだ。いきなり二年老けた姿で現れたら大事件だよ。本当に効果あるんだな。エルフ特性若返り薬」

 凄まじく苦かったのは忘れもしない。

 異世界召還は突然だった。

 庭先で巻き藁を相手に真剣を振っていれば光に包まれる。

 そして異世界スカリゼイにて魔王討伐の旅が始まった。

「ともあれ、この現状はいったいなんなんだ? 地震でも起こったのか? それで略奪が起こったとか?」

 ベッド脇にある時計で日付や時刻を確かめようと、荒らされた時に踏み砕かれたのか壊れていた。

「それにこの匂い、どうも不快すぎる」

 勇者の能力もスキルも封印しようと、魔王討伐で積み重なった記憶は経験となり、それが今警鐘を鳴らしている。

「スマホあればすぐ情報を手に入れられるんだが」

 異世界召還時に手元にあったのは一振りの日本刀のみ。

 記憶が正しければ自室に置きっぱなしのはずだが、この惨状で探し出すのは骨が折れる。

 パソコンはスマートフォン一つで事足りるため持っていない。

「そうだ。じいさんの書斎!」

 思い出すように閃いた。

 隠居しようと今なお島民たちからの信頼は篤く、陳述を聞き入れては島を発展させてきた実績がある。

 特に三〇年前、船でしか本土と行き来できなかった島に車と列車が走れる橋をかけたのは大きな功績だ。

 今なお島民たちの良き相談役であり、書斎にはその声をまとめた事務仕事用のパソコンがある。

 ネットワーク接続されているからこそ、情報を得るには打ってつけだった。

「まあ電気とネットワークが生きていれば、の話だけどな」

 加えてセキュリティとしてパスワードが設定されている。

 もっとも祖父が使うパスワードは数字四桁である。

 それは――

「死んだばあさんの誕生日」

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