ザン/カンニバル
こうけん
第0話 勇者帰る!
白き祭壇より七色の燐光が立ち昇りて散る。
世界を救った男タツヤ・ヒガが元の世界に帰還した軌跡であった。
「行ってしまわれました」
白きドレスの乙女ル・チヤ=ゴドル=ルマノフは彼の者が消えた方角を見つめていた。
空間に漂う彼の残香が胸を強く締め付けてくる。
特に彼を想う度、サイズが合わなくなるほどだ。
「この世界に残って復興を手伝って欲しかったのに、わたくしの引き留め方が足りなかったのでしょうか?」
視線を落としただ漏らすは悔恨。
旅立ちから二年、五人の勇者は暗闇に包まれし数多の死地を誰一人犠牲にすることなく踏破した。
全ては世界滅ぼす魔王を討つため。
特に異世界より召還されし彼は力に溺れることなく、鍛錬を重ねるなど精錬であった。
何度膝を付き、土を噛もうと、常に立ち上がり前へ進む姿勢は絶望で足を止めた者に再び歩き出すだけの活力を与える。
そしてついに魔王を討伐し、絶望包まれた世界に希望の朝日を輝かせた。
「姫さん、仕方ないだろう」
ため息つくように口を開くのは中年男性のガガル=ガオルワだ。
ただ犬耳に犬尻尾と獣の要素を持つ獣人であった。
「魔王を討ったら元の世界に帰す。あいつの意志無視して別世界から召還したからこそ、そういう契約を結んだんだ。元の世界じゃ勇者の力は強大で危険だからこそ封印しての帰還。追加報酬であれこれアイテム持って行ったが、まああいつのことだ。悪用はしないだろう」
「だったらわたくしも持って行って欲しかったです!」
「おいおい、一国の皇女様が気軽に別世界押し掛けたらダメだろう。俺が陛下に殺されるわ!」
「ならばせめて子種ぐらい置いて欲しかったです!」
「だから、そういうところだぞ!」
ガガルは頭を抱えるしかない。
仮にも皇女、それも次期皇帝となる者が遠慮呵責なく出す言葉ではない。
といいつつも皇女だからこそ次代に血を繋げる使命もあるのだから強くも言えない。
「一四六回ですよ! 一四六回! わたくしが彼を襲った回数ですよ! いつでもどこでも股広げて純潔を捧げんとしましたのに、首筋にトンとされて全て失敗! 食事に媚薬や睡眠薬を入れようと見透かされて捨てられる! 元の世界に忘れられぬ女がいるとか、遠距離片思い恋愛にも限度がありますよ! なんですかあのオリハルコンより硬い貞操意識は! あんな女より私の股とオパーイが良いに決まっています!」
「姫さん、落ち付けって!」
「お姫さんはあいつに一途なのは周知の事実だよ。諦めな」
白き乙女と中年の間を持つのは褐色の肌と切れ長の耳を持つダークエルフの少年トルン=ゴルゴルフンであった。
ル・チヤと異なり悲嘆に暮れず、まだ見ぬ再会に表情は穏やかときた。
「確かに寂しいけどさ、一生会えなくなるわけじゃないんだ。魔王討伐のお陰で世界は安定している。あいつだって落ち着いたら観光に来いとか言って、ってお姫さん、ダメ、ダメだったら!」
恋する乙女の行動は早く、持ち前の力のみで異世界への転移ゲートを開こうとしている。
異なる世界同士を繋ぐ力が宿る古代の建造物だが、あくまで転移装置。
稼働させるには外部からエネルギーを供給する必要がある。
一回の転移で必要なエネルギーは心の力ざっと一万人分。
だが勇者たる力を持つ者ならば個人で成し得ることが可能だ。
個人が持ち得る力を越えているが、越えていなければ魔王討伐など不可能である。
「ええい離してください! ちょっとばかし異世界女の股座ぶん殴って誰の男か分からせるだけですから!」
「世界間の転移や召還は並々ならぬエネルギーを消費するんだぞ! 仮に勇者だとしても、まるまる一ヶ月は寝てしまう!」
「その通りよ。皇女殿下、あんまりわがままいわないで」
形成されつつあるゲートはローブ姿の二〇代女性メルキュルル=ワズウイワーメズンが指を弾いて消失させた。
「世界が安定したと言っても滅びが消えた訳じゃないわ。一〇〇〇年周期で再臨するであろう新たな魔王に備える必要がある」
「だからこそ、彼の子種を後世に伝える必要があるのですよ!」
「本音を建前で隠してもダメなのはダメ。といいたいけど、次の研究テーマは決まったわね」
中年と少年は顔を見合わせては身じろぎしながら半歩下がる。
メルキュルルはパーティーの中で魔法に秀でているも本職は研究者、それも薬学だ。
道中で何度、薬学実験につきあわされたか思い出したくない。
メルキュルルは失敬なと言わんばかり顔をしかめた。
「別に新薬の実験ではないわ。任意接続可能な世界間転移ゲート。エネルギー消費を抑え、いつでもどこでも移動できるようになれば色々と面白いことになるわ」
「そ、そうですわね! 上手く行けば、あの女との初夜の瞬間に彼をこちらに呼び寄せて、わたくしにインサートできますわ!」
「下手すれば連結状態で来ちゃうかもよ」
「ですから、その時は拳でわからせるまでです!」
トルンの冗談にル・チヤの屈託のない笑顔で拳を握りしめて返す。
顔をひきつらせながら苦笑するしかトルンはできなかった。
「そうと決まれば、彼との再会に備えてないといけませんね」
再会に胸を躍らせるル・チヤに、仲間たちはひとまず暴走を回避できたとして誰もが胸をなで下ろす。
「そうだな、俺も一度里に帰るかね」
「お、中断していた婚活でも再会するの?」
ガガルは魔王討伐に選ばれるだけあって確かな実力者なのだが、修練に明け暮れたせいか、今なお独身であった。
「おうよ、魔王討伐の功績もあるしな、今度こそ!」
「里の中で未婚なのおじさんだけだもんね」
「うっせえよ、トルン。お前こそどうするんだ?」
「僕? そうだね、里帰りするもいいけど、こうして光取り戻した世界を見て回るもいいかもしれない」
戦いは終わった。
誰かのために行動し続けたからこそ、今度は自分のために行動する。
ほんの少し前まで未来は絶望たる闇に包まれていた。
だが、今広がるのは無限の可能性たる光。
復興に手を貸しても良い。
英雄として伝記を後世に伝えても良い。
後世に己の技を継承するため道場を開いても良い。
知識を伝える門度を開いても良い。
決めるのは己、闇に怯えながらも立ち向かう日はしばしのお休み。
今はただ訪れし平和をどう享受するかだ。
「んじゃまたな。今度会う時はあいつと交えて一杯やろうぜ」
「うん、その一杯が結婚式の時だと良いよね」
「そうですね。国を挙げて行わないといけませんね」
「姫様の場合、結婚式の前に貫通式やりそうですけど」
「あらやだ、分かっているじゃありませんか」
ル・チヤの笑顔は裏表がないほど朝日のように眩しくルガルは狼狽するしかない。
「俺の結婚式の話なのに、お姫さんの結婚式に変わってるぞ」
「諦めなよ」
「諦めなさい」
旅では如何なる絶望が立ち塞がろうと誰一人諦めなかった。
心折れかけようと折れることはなかった。
だから、元の世界に帰った程度で諦める理由は微塵もない。
再会への道は魔王討伐より果てなく険しいだろうと、ゴールは存在する。
「うふふ、再会を楽しみにしてくださいね。タツヤさん」
その時を夢見て、ペロリと白き乙女は舌先で口端を獣のように舐めとった。
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