第6話


 倒れ伏す蓮の姿を見たルーは、慌てて駆け寄りその身を抱き起した。

 呼吸と心音から生きている事を確認すると、そっとまた地面へと降ろし、蓮の頭を自身の膝へと乗せた。

 

(ただ眠っているだけの様ですね。良かった…。しかし、原因が分かりません。……もしや、先程話に出てきた『器』が何か関係しているのでしょうか……?)


 そう考えたものの、『器』と言うのが何を示しているのか分からない現状では考えても無駄だろうと思い、一旦頭の隅へと置いておく事にした。


 次いで今度は自身の状態に付いて思考する。

 蓮から魔力を貰うことにより一時的な強化を施した反動か、身体能力の低下が見受けられる。

 試しに魔力を練ってみるが、以前に比べて随分と時間が掛かる。

 ここに向かう迄に襲ってきた獣程度に負けるとは思わないが、先程の巨大蜘蛛の様な奴が襲ってきたら逃げに徹するしか無いだろうと思う。

 この状態がいつまで続くのか分からないし、現状眠っている蓮から更に魔力を奪ってしまったらどんな影響が有るのか分からない。


 先程の戦闘のお陰か今は周囲に生物の気配は感じられないが、かといっていつまでもじっとしていても良いものなのか……。

 

 ふと視線を上げる。

 そこにはじっとして動かない竜の骨。

 最初見た時はなんだか威圧的な感覚を受けるなと思う程度だった。

 しかし、先の戦闘の影響か魔力に対する感覚が敏感になっている今なら理解できる。

 死して尚その身—いや、骨に宿る禍々しい魔力が見るものを威嚇しているのだ。

 

(そういえば、ここに着いた時もついてきた蜘蛛たち以外に生物の気配は有りませんでしたね……。)


 で有るならばいっそ、あの巨大な胴体の中に入った方が安全なのでは?と考えたルーは、蓮を抱き上げその中へと向かった。






 何処かも解らない真っ暗な空間。

 気付けば蓮はそこに立っていた。

 記憶を探れば、女帝蜘蛛エンペラススパイダーが白く輝く炎の魔法で倒された所で途切れている。

 

(うーん……ここ、どこだろう?さっきまで森の中でだったばずなんだけど、またなの……?)


 昨日この別世界と思われる森の中に突如飛ばされたのだ、また別の場所に飛ばされたとしても不思議では無いだろう。


(でも、なんか嫌な感じはしないんだよなぁー……。むしろ居心地が良い気がする。)


 周りは暗闇に包まれており、足元すら真っ暗で何も見えない。

 しかし、不思議と自分の体はよく見える。

 ルーが作ってくれた衣服は無くなっており、病衣にスリッパという服装に戻っている。


(ルーは……、いないみたい。でも繋がりは感じるし、どこかにいるよね……?)


 歩いていればそのうち会えるかなと思い、暗闇の中を進む事にした。


 行く当ても無くふらふらと歩き回っていた蓮だったが、現在見知らぬ神殿の前にいた。

 彷徨い歩く蓮の前に突如として現れたその神殿は、汚れひとつない真白な石で造られており、立ち並ぶ巨大な石柱によって屋根が支えられている。

 

 数段の石段を登り、石柱の間を通って中に入ると、天井はかなり高く、正方形の広場になっていた。


(綺麗なところだなぁ……。テレビでこんなところ見たことある気がするけど、確かどこかの遺跡だったっけ?)


 そのまま中央付近まで来た蓮は立ち止まり、入った時から気になっていた物をじっくりと眺めた。


(これって、コップかな?大きいし、すごく飲みにくそうだけど……)


 蓮の目の前には祭壇があり、その上には豪華な装飾を施された、片手で持つのは難しいだろう大きさの金色のゴブレットが置いてある。


(中に何か入ってるのかな?)


 蓮は警戒しながらゴブレットに近づき、中を覗き込んだ。

 

(あれ?これって……蜘蛛?あの蜘蛛と何か関係があるの?)


 ゴブレットの底の部分。

 そこには蜘蛛の模様が彫ってあり、蓮は記憶に新しいあの巨大な蜘蛛の事を思い出した。

 

(触ってもいいかな?)


 むくむくと湧き上がる好奇心を抑えられず、ゴブレットを両手で持ち上げてみた。


 コポッ……

 コポコポッ……


 見た目の割にかなり軽いゴブレットに驚いていると、蜘蛛が彫られた底の部分からコポコポと音を立てながら血のように赤い液体が溢れ出した。

 すぐに半分ほど溜まると音は消え、液面の上昇も止まった。

 液体からは芳醇な香りが漂ってきて喉が渇く。

 じっと見つめていた蓮はごくりと喉を鳴らすと、そのまま誘われるかの様にゴブレットの縁に口をつけ、一気にその液体を飲み干した。


 ぷはっ!と息を吐き出した蓮はゴブレットを祭壇に戻すと、口の端から垂れる液体を袖口で拭う。

 空になったゴブレットは霞の様に消えていき、神殿も跡形も無く姿を消していた。

 直後、猛烈な眠気に襲われ瞼を閉じた。

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