第4話
翌朝、目を覚ました蓮はふわふわの羽毛に包まれており、その暖かさに二度寝してしまいそうになる。
どうやらルーが膝枕をして、器用にも翼で覆ってくれていた様だ。
今まで考えられなかった快適な目覚め。そしてルーからの「おはようございます。」と言う言葉に、夢じゃ無かったんだなと安堵し、ホッと息を吐いた。
うーんと伸びをして起き上がると、「おはよう!」と元気よく挨拶を返し、ルーが魔法で出してくれた水で顔を洗った。
周りを見てみると昨日と変わらず森の中。よく見ると何かにへし折られた様に木が倒れていたり、地面が抉れていたり、赤い液体が地面の草を濡らしていたりしたが、ルーに一言「ありがとう!」とだけ言い、朝食にどうぞと差し出された果物を齧りだした。
ルーも「どういたしまして。」とだけ返し、同じ様に果物を齧った。
朝食を終えた2人は、昨日と同じくドラゴンの骨に向かう事にした。
「昨日はいっぱい寄り道しちゃったし、今日は真っ直ぐドラゴンのところに行こう!」
「はい、彼方に真っ直ぐ行けばドラゴンの場所に着きますよ。あぁ、それからこれをどうぞ。簡素ですが今のよりもマシだとは思いますので。」
そう言ってルーから差し出されたのは動物の皮でできた衣服一式であった。
病院からそのままこの地に飛ばされた蓮は、入院服に足元はスリッパと言う格好だった。確かに森の中は少し肌寒く感じていたものの、別に死ぬ訳じゃ無いしとあまり気にしていなかったのだ。
「うわぁ!ありがとう!でもこれ、どうしたの?」
「蓮が寝ている間に作りました。素材はその辺で取れたものですし、私は素人ですから切って縫い合わせるしかできませんでしたが…。糸をどうしようかと思ったのですが、大きな蜘蛛が居てくれて良かったです。」
ニコニコと説明してくれるルーに、「ルーってなんでもできるんだねー。」と返す蓮。あまり細かい事は気にしない性格なのか、あえて無視しているのか……。
早速衣服を身につけた蓮。元々着ていた入院服の上からそのまま身につけ、靴はスリッパを中にそのまま縫い付けてもらった。
見た目は完全に蛮族のそれだが、蓮は気に入った様で、そのままルーの手を引き、鼻歌を歌いながら竜の骨に向かって歩き始めた。
時々目新しい果物を取ったりはしたが、昨日とは違い真っ直ぐに森の中を進んで行く。
竜の骨に近づくに連れて、ルーが糸をもらったと言っていた大きな蜘蛛が目に入ることが増えてきたが、こちらに近づいてくる気配は無いので、2人とも無視してどんどん進んで行く。
「なんか狼とか熊とか見なくなったねー。さっきからおっきい蜘蛛ばっかり。怒らせちゃったんじゃない?」
「どうでしょう。昨日のは家族だったりしたのでしょうか?それでしたら悪い事をしてしまいましたね。」
「そうなのかも。会ったらごめんなさいしなきゃねー。」
「そうかもしれませんね。」
全く悪びれた様子もなくそんな事を言いながら、蜘蛛の巣の目立つ木が増え始めた森の中を、2人はどんどんと進んでいく。
ついに森を抜け、竜の頭部と思われる巨大な骨の顔が視界一面に広がったが、その頃には徐々に増えてきていたカサカサという足音がそこら中から聞こえる様になっていた。
「うわぁー……。遠くからでも大きかったけど、近くで見るとすっごいねー……。」
「……本当に大きいですね。それに、もう死んでいると分かってはいますが、いまだに生命力の様なものを感じます。生前は途轍も無い生物だったのでしょう。」
目の前にあるのは御伽噺などによく出て来る竜そのもの。一本一本が蓮よりも大きな牙が生えた巨大な口。
大きすぎて近くからでは口しか見えない。
ここまで途切れる事なくずっと話を続けていた2人であったが、恐怖か、感動か、はたまた別の感情を覚えたのか、無言で竜の顔を見上げるのであった。
少しの間無言でじっくりと観察していた蓮だが、ふと思い出した様に声をあげた。
「あっ!そういえばあの光ってたやつ見にきたんだった。ここからじゃよく見えないや……。」
「そうでしたね。上に登って見てみましょうか。」
そう言ってルーは、蓮をまた横抱きにして飛びあがろうとした。その時……
ズーンッ…
ズーンッ…
と、重量感のある足音が聞こえてきた。
徐々に近づいてくるその音は背後の森から聞こえてくる。
巨大な生物の足音なのだろうその音に合わせて地面も少し揺れている。
ルーも流石に危険を感じ取ったのか、横抱きにした蓮を一旦地面へと降ろし、背後に背負う様にして音の聞こえる方へと振り向いた。
足音はどんどん近づいて来る。
木々を薙ぎ倒す様に進んでいるのか、バキバキという音もしている。
そして、ついにそれは姿を表した。
『妾ノ眷族ヲ殺シタノハ、オ前達カエ?』
頭に響く様な声と共に、道を譲る様に左右に移動した蜘蛛たちの間から現れたそいつは、森の中からつけて来てずっと2人を監視していた蜘蛛達に良く似た姿をしていた。
しかし、その大きさはかなりのものだ。
白い毛に覆われた巨大な胴体からは、8本の長い脚が生えており、先端は鋭く尖っており、胴体と同じく白い毛に覆われている。顔にはルビーの様に真っ赤な目が8つ付いており、口からはえる4本の牙をカチカチ鳴らして威嚇している。
森の中から姿を表した巨大な蜘蛛に、ルーはいつものように微笑みを浮かべたまま言葉を返した。
「あなたの眷族なのかは分かりませんが、昨夜確かに襲って来た蜘蛛を何匹か殺しました。……それで、何か御用でしょうか?」
『……。オ主、随分ト威勢ガ良イガ、状況ガ分カッテオラヌノカ?』
「子を殺された親が復讐にでも来たのでしょうか?襲いかかって来たのはそちらですし、私はそれに応えただけに過ぎません。」
挑発する様なその返答に、巨大蜘蛛から剣呑な空気が流れ出す。
『余程死ニタイラシイナ人間……。此処ハ妾ノ領域。逃ゲララレル等ト思ウナヨ。』
ぶわりと巨大蜘蛛の全身から可視化される程の濃密な魔力が溢れ出る。
そして相対するルーもそれに応える様に純白の翼を広げ、魔力を滾らせた。
一触即発。
まさに戦闘が始まろうとしたその時、
「やっぱりルーが怒らせちゃったんじゃん。ほら、ルー。ごめんなさいしなきゃ。」
と、空気を読まないその声が、静寂に響いた。
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