§Ⅴ

ⅴ 1

 試験結果は、この週末に返ってくる。あと二日しかない。上手くタイミングが合わず、まだ直接サキコと会えずにいる。チャットや電話では聞きにくく、直接会おうとしているが、どうにもサキコのタイミングが合ってくれない。メッセージだけ読むと、サキコは普段より元気なくらいだ。このまま土日に入ると、フラれる日までに顔を合わせられない可能性もある。


 心なしか、避けられていると思えなくもない。七限目が終わったので、サキコに連絡してみようとスマホを取り出す。


「一二月三日のことだけど、ちょっといいか?」

 サクが後ろの席から声をかける。俺はうなずくと席を立って、サクの後に続く。俺が三年後に侵入することになる、校舎の外階段まで連れ出される。寒いが、人に聞かれる心配はない。


「気持ちの整理はつきそう?」

「整理? うーん、まだ。……不安しかない」

「まあ、おれも同じようなもんだ。本当に未来に帰せるかどうか、その後どうなるのか。」


 サクは下を見下ろして、はぁっと溜息ためいきく。

「失敗もあり得る発言なんだけど……」


 俺は寒さのせいか、サクの発言のせいか身震みぶるいをする。

つながっている時間はどれくらいか、ホールの範囲や周囲はどうなるのか、目に見えるのか、Z方向の位置、近づいていい距離……、メモから見つけた式を解こうとしてるんだけど……、良くわかんなくて、色んなパターンを想定してるとこ」


 そもそも屋上から落ちたのだから、死んでいてもおかしくはない。それを思うと、受験を控えた中で、サクが失敗しても責める気持ちにはなれない。


「なぁ、俺が帰ったら、ここに居る俺は三年前の俺に戻るんだよな?」

 グラウンドの方を見ていたサクが、俺の方をちらりと振り返る。

「そうだろうな。見た目は分からないけど」

「その、三年前の俺はこの三カ月は、知らないのかな……。記憶って勝手に上書きされるんだろうか?」


 サキコにフラれることを回避したところで、今の俺が帰った後、またフラれかねないのではないかと心配になっていた。

 さらに模擬試験でC判定まで上がったのは、俺の努力だ。三年前の俺とタッチ交代したら、この努力は引き継がれるのだろうか。


「さあ、わからないな。けど、未来のトキヤが過去のトキヤにりついてるって感じなんじゃないか? 物理的に今、一人しかいないし。記憶も上書きだろ。今できる限り努力しておけば、大丈夫だ」


「そっか……、覚えてるのか? てか、りつくて……俺死んでるの? あー、やっぱ帰るの怖いんだけど!」

 サクが眉根を寄せ、深刻な表情で向き直ると、俺の腕をつかむ。

「死んではいないはずだ。けど、お前が帰らないと三年後、どうなるか分からない。三年間をループし続ける可能性もある」


「ループって、怖いこと言うなよ……」

 ずっとこの受験生から大学生までを繰り返すなんて、キツすぎる。


「トキヤが帰れるように、おれも最大限努力する。……当日は七時半に、学校の裏門に集合しよう。あと、こっちに来た時と同じ服装と持ち物で」

「同じ服?」

「たぶん、座標位置の特定精度が良くなると思う。おれの部屋に来たメモは、シャツにくるんであったって言っただろ? そのシャツは、今おれが家でよく着てるシャツなんだ。メモが来る前日も、脱いだ後ベッドの枠に掛けてた。そのシャツの場所に、メモ入りシャツが来てたんだ」


「そうなんだ……。そういえば、あのパーカーとジーンズは高校のころから着てた。スニーカーは、最近買ったやつだったから、無くなってたのか……? いや、けど靴下は履いてたな……」

 三年前、俺とパーカー、ジーンズは実家の部屋に存在していた。つまり、移動した時間先の空間に存在するものは、あるべき場所に届けられる……ということだろうか。靴下は大学生になってから買ったものだと思うが、高校の時から持っているものか、どちらだったか少し自信がない。


「こっちに来た時、スニーカーはなかったのか? 他は?」

 スマホと財布のことを教えると、サクは頬をゆるませる。その顔を見ていると、さっきのりつくという話に少し違和感を覚えた。上手くは説明できないが、何か引っかかる。


「あと、同じ服ってのは、パンツも含むからな」

「えっ? どれだったかうろ覚えなんだけど……」

「うーん、その場合は、穿かなくていいんじゃないか……?」


 ノーパンでタイムトラベルするはめになるとは、何とも締まらないな。可笑おかしさがいて、笑いだすと、サクもつられて笑う。俺たちはしばらくそこで、しょうもないことを話していた。そしてサキコとは、結局顔を合わせることができないまま週末を迎えた。

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