ⅳ 3

 次の週末に、やっぱり放課後の誰もいない教室で、リナから告白された。「気持ちに応えられなくて、ごめん」と言った。前と同じことが起きるたびに、帰る日が近づいていると実感する。一体何を選択するのが正しいのだろうか。


 リナは、「今だけいいですか?」と言ってうつむいたまま、頭を俺の胸にもたせかける。前は、ただ胸を貸して謝っていただけだった。今は、フラれる時のキツイ気持ちが分かる。リナの頭に手を置くと、「ありがとうごめんな」とつぶやいた。


 実際にもう一度告白を聞いたら、気持ちが揺らぐかと思った。だが、リナに心は動かなかった。勿論もちろん、嬉しいし、可愛いと思う。けれど、寄りかかられても、頭をでてもサキコの時に感じる感情とは全く別だった。


 その時、教室の引き戸がカラっと鳴ったような気がして、目線を移した。誰もいないようだが、リナも音を聞いたのか、俺から離れて引き戸の方を振り返る。目には涙が溜まっているが、気丈に笑ってみせる。

「先輩の気持ち、わかりました。受験がんばってくださいね!」


 記憶の中のリナそのものの別れ際だ。リナが去ってしばらく呆然としていると、サキコが教室に入ってくる。そして、俺はリナに告られたけど断ったことを話して、サキコと帰る……。本来ならその流れだ。だが、サキコは一向に教室に入ってこない。俺がサキコの教室に迎えに行ったんだっけか? カバンを持って引き戸を開けると、サキコが立っていた。彼女も戸に手をかけて開けようとしていたらしく、半端な位置に片手が浮いている。


「あ、今迎えにいこうかと……。もう帰るだろ?」

 サキコは、俺の顔をじっと見て、制服の胸元に視線をずらす。


「ここ、どうしたの? 黒い線が付いてる……」

 サキコが指をさしたグレーのブレザーの襟を見ると、輪郭のぼやけた黒い半円型の跡がついている。俺はとっさに手の平でその跡を覆ってこする。


 リナの涙の跡だ。睫毛まつげの周りの黒いメイクが移ったんだ。前告白されたときは、サキコに指摘されなかったような……。ただ指摘されても三年前の俺は、メイクが移った跡だと、分からなかっただろう。


「ペンが、当たったのかも。家に帰って落とすよ」

 リナのことは言わなかった。結果として俺は今、嘘をいた。


 隠すことはないが、サキコに話すのは、リナに悪いと思ってしまったからだ。サキコも聞いてあまり気分の良い話ではない。以前の俺は、リナやサキコの気持ちを考えず、あっさりいてしまった。涙の跡を覆っている手に、サキコが自分の手を重ねる。思わぬ行動に、どきりとする。

「そう……? きれいに消えるといいね。早く帰ろ」


 サキコはにっこりと笑って、俺の手を引張って行く。その手は、ひんやりとしていて、前よりも細くなったような感触がした。不意に、病院で見かけたサキコの後ろ姿がダブる。やっぱり、サキコは病気なのではないか。


 例えば、夏休みの間に手術をして……、それであの病院に通っている、とか? あのミサワ米穀店は親戚の家で、病院に近いから、術後の経過を見守るために、一時的に住んでいるとか。……いや、俺まじで冴えてるかも。


 じゃあ、フラれた理由は何だ? 俺には、言いたくなかったから……? 隠されてたわけだしな。俺に言ってくれないのは、頼りないからだろうか。サキコが俺に何か頼ってくれたこと、あったかな? 甘えてばかりだった気がする。


 ……わかった。フラれることを回避する方法。サキコに自分の病気のことを話させて、俺は頼りがいのある所を見せる。たぶんこれだ。サキコの俺に対する考え方が、変わる筈だ。

「サキコ、寒くない? 」

 サキコの肩をつかんで自分のそばに引き寄せる。サキコは驚いた顔で俺を見上げる。


「つらいとか、寒いとか、困ってることとか、遠慮せずに言って?」

「……う、うん。ちょっと歩きにくいかな」

「え? 足痛い? それとも腰?」


 サキコは俺の頬に頭をくっつけて、困った顔でこちらを見上げる。ここで大人の包容力というやつを見せなくては。サキコが話出すのを、笑顔で待つ。

「もう少し、身体を離してくれないと、歩きにくいってこと」


 はたとサキコを眺めると、力いっぱい自分の傍に、サキコを引き寄せていた。サキコの身体は斜めになって俺と重なっていて、歩きにくいというわけだ。焦って、肩から手を離す。そんな様子を見て、サキコは笑いをこらえきれず、肩を揺らして笑いだす。違う、こんなはずでは……。頼りがいって何? どうすればいいんだっけ。


 サキコは俺の手を取って、再び自分の肩に乗せる。

「この方が、暖かいね。今日はこれで帰ろうか」

 サキコのさりげない俺へのフォロー。頼りになる……。惚れ直すだろ。フラれるまで二週間くらいしか残ってないのに。ちらりとサキコを見ると、嬉しそうに笑っていた。

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