ⅳ 2

 高校最後の文化祭の二回目を味わっている。たとえ二回目でも、彼女に嘘吐うそつかれてても、祭りというものは人の心をワクワクさせる。


「いやー、コスプレプリクラ、楽なのに女子が釣れていい企画だよな。ダレ発案?」

ネコ耳にメイド服と、ネコ耳に巫女みこ服で、スマホ前でポーズを決める女子二人を眺めながらリョウがつぶやく。ハロウィンで使った衣装や小物を学校中からタダ同然で引き取って、コスプレ写真を撮りたい来場者を引っ張って来て、本人のスマホで、うちのクラスのカメラマンが撮影する。


「たぶん、サクじゃないかな……。やっぱただの天才か」

「カメラマン五人ずっとフル稼働じゃん。衣装が一着、二百円設定だから、これは打ち上げかなり期待できるな……」


発案者の天才は、ロボット部のコンテスト審査員とかで、ほとんど教室には戻れないようだ。


「ちょっと、そこ二人、お客さんの呼び込み行ってほしい。衣装選ぶから、こっち来て」

バックヤード用に仕切ったカーテンの隙間から、ハヤカワが顔を覗かせる。コスプレ女子を見てヤイヤイ言っている、楽しい時間の終了だ。リョウと俺は顔を見合わせてハヤカワの手招きに応じる。バックヤード空間に入るなり、いきなり頭に何かつけられる。


「うーん、男のネコ耳ってなんかムカつくなぁ。やっぱ、ゾンビ系かな、いっぱい余ってるし。ね? どう?」

スタイリスト数名に囲まれて、色々ダメ出しをされる。二回目でもへこむ。リョウは無抵抗で、女ゾンビのメイクを施され、血まみれワンピースを着せられる。


「え、結構カワいくない? やば」

メイクをしていたハヤカワが、叫ぶ。リョウは、まんざらでもない様子で、鏡で色々な角度から自分をチェックする。眉が薄くて、目が大きいのでロリ系ゾンビに見えなくもない。俺は、血まみれモッズコートを着せられ、目の下を重点的に塗られ、斧が頭に、めり込んでる風のヘアバンドを頭に付けられる。


 鏡でメイクチェックすると、闇金で借金作って夜逃げしたら、集金員に斧で切り付けられたって感じの出来だ。このあと地下労働に売り飛ばされそう。

「うーん、まぁ……こんな感じでいいかな。天パ生かす感じにしてみた」

「どうにもならなかっただけだろ……」

ハヤカワは無言の笑顔で答えると、俺に呼び込み用の段ボール製看板と、呼び込み文章のカンペを渡す。二人で学校中を隈なくアピールしてきてね、と言って送り出してくれた。


 呼び込み効果かどうかは不明だが、校内をうろついて戻ってくると、さっきよりも待ち行列が伸びている。おやつを手渡されると、今度はカメラマンとの交代を言い渡される。


カメラマンの方が、女子との交流がはかれるので事前人気が高かった。しかし、予想以上に盛況で、流れ作業となってしまったため、あまりコミュニケーションが取れない。志願したカメラマン達は、遊びに回りたいと訴え始めた。そのため、交代制に急遽きゅうきょ変更されることになった。このくだりも前回の文化祭と同じだ。カメラマンは客をノセるために、褒めまくるのがデフォルト設定というアドバイスだけもらい、交代する。


「トキヤ先輩が担当だー。ラッキー」

人気のネコ耳とメイド服の衣装を着けた女子が、俺にスマホを渡す。彼女は、同じバドミントン部の後輩だったリナだ。俺に唯一告白してくれた女子。

「おぉ……! リナ、久しぶり。ありがとな」


確か、この企画で久しぶりに話して、来週あたり告られる筈だ。俺に彼女がいることは知っているのだが、ずっと好きだったから、気持ちを知ってもらいたくて……と言ってくれた。


 サキコにフラれた後にこの子が告白してきてたら、どうなっていたのだろうか。サキコにフラれたのは一二月。もし、年明けに告られていたら……。そんなことを思ってみる。


「似合います? さっき先輩の彼女さんのクラス行って、メイドカフェやってたから、あたしらも着たくなって」

そう言うと、彼女はくるりと回転する。その勢いで、頭に付けているレースの飾りがふわりと外れて落ちてくる。俺は、とっさにレースの飾りをキャッチする。


「お……っと、危ない。付け直すから、じっとしてろ」

リナは二年生だが、中学生に間違われるような童顔で、身体も小さい。その上そそっかしくて、つい保護してやりたくなる。部内でもマスコットみたいな存在で、皆から愛されていた。


「うーん、こんな感じかな。痛くない?」

山形のレースの両端にピンが付いていて、髪の毛に付ける仕組みだ。前も同じことをした。

「はい! じゃあ、おねがいします」


知り合いを褒めまくりながら撮影する、というのは何回やっても恥ずかしいもので、更にこの後、告られることも分かっているので、何ともやりづらい。そんな俺の気持ちを知るわけもないだろうが、リナは、嬉しいとか、もっと褒めてとか言って、俺をあおってくれるので、かなり助かった。


この日のことは良く覚えている。しばらくカメラマンをやった後、休憩時間にサキコのクラスに行ってサキコと文化祭を回る。前はただ楽しく過ごしただけだったが、サキコに俺が見たことを聞いてみようか。そんなことを考えていた。


 しかし、いざ本人を目の前にしてみると、普段より楽しそうに笑う姿を見て、今日じゃなくても良いだろうと、思いがよどんだ。この文化祭は、お互いの中でただ楽しい思い出として残っていた筈だから。

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