ⅲ 4

「この×はどういう意味なんだ……」

「たぶん衝突ポイントじゃないかな。この二本の直線が射出口しゃしゅつこう。直線の向かいに×印があるし。この実験中に、高エネルギーの何かが発生したんじゃないかと思う。周辺にまで影響するような、想定以上の何か」


 サクを見ると、やや緊張した面持おももちでこちらを見返す。オレンジの太陽に照らされた姿は神々しさすら感じる。


「これは、仮説なんだけど……。この記事の実験に、おれが関わっているんだと思う。この実験で、不完全なブラックホールではなくて、ワームホールのようなひずみが発生した。このメモはホールの入口がつながる日時と、出口の日時を表していて、地図は、発生場所を表しているんじゃないだろうか」


 その仮説は、今のこの状況を説明するのに十分な内容だ。つまり、運が良いのか悪いのか、俺はひずみに落下した。それで高校生に逆戻ぎゃくもどった。


「つまり、未来の自分から、連絡をもらったってことか」

 二〇一七年のほうは、まだ先の日にちだ。矢印の向きは、過去から未来に向かっている。サクの仮説通りだとすると、未来のサクは、俺が過去に行ったことと、その原因に気づいて、俺が元の場所と時間に、戻る方法を教えてくれているのだろうか。


「……これは、トキヤに宛てたメモじゃないのか? 二〇二〇年から来たんじゃないのか?」


「えっ……。いや、あぁ……うん」

 こういう時タイムトラベルって隠すべきじゃないか、と頭に浮かんだが、サクに対して意味のない行為だと思った。たった三枚の紙から、この仮説を導き出した。サクは既に、俺のタイムトラベルに無関係ではなくなっている。アプリに追加したせいなのか? なぜ未来のサクは、そんなヒントを過去の自分に託したんだろう。


「何だよ、意外とあっさりだな。それとも、こいつあほかと思って呆れてるのか?」

 サクが気の抜けた表情でつぶやく。まぁ、確かに。未来から来たんだろなんて、受験勉強のストレスで、おかしくなったとも思われかねない発言だからな。


「いや、驚いてるけど……。それより、なんでバレたんだろうって。未来のサクもここに来たってことなのか?」

 サクは、左右に首を振る。


「まさか。おれがそんな危ないことをするとは、考えられない。これは、ベッドの脇にシャツでくるまれた状態で置かれていた。シャツごと歪みのなかに投げ込んだんじゃないかと思う。トキヤがここに来たのは、偶然なんだろ? 加速器のことも知らなかったし」

「はは、まったくその通りで……」


 俺は、あの日の夜の出来事を、虎とら亭のくだりから説明した。サクは手書きのメモを見つめて、しばらく考え込んでいた。


「なるほどな。トキヤからの情報と、この三枚のヒント。おれがおれに何をさせたいのか、分かった……」

「一二月三日に、もう一度二〇二〇年とつながるから、帰れってことか? なぜか知らんが、未来のサクは俺が過去に行ったことに気が付いて、助けてくれようとしている?」


「それ、おれが言いたかったんだけど……。うっかり口に出しすぎだろ。だからバレるんだよ。」

 サクが笑いながら俺を注意する。

「悪い……。しかし……帰るには、もう一度ここから飛ぶ必要があるのかよ……。このまま過ごすってのは?」

 下を覗き込むと背中がぞくぞくする。ちらりと上目づかいでサクを見る。


「過ごさせないために、おれに託したと思う。三年後のトキヤが三年前にいるっていう、よく分からない状況だしな……。これは正すべき、ということなんだろう。屋上から飛ばなくても、プールに飛び込めばいいかもしれないし。まあ、なるべく過去の事実に干渉しないように、一二月三日を迎えないとな」


「えっ! いや、だめだ。サキコにフラれるのを回避したいんだ」

 サクは、ふうっと溜息ためいきいて、俺を見る。

「そうか、そのせいで夜の学校に行くんだったな。……けど、過去が変わると、未来が変わるだろ……。いや、でも既に変わってるのか? もし、トキヤの過去を変えたい意思がタイムトラベルに関与しているとしたら、過去が変わることも組込まれてる? そもそも、矛盾が起きるとどうなるんだ……。違うルートを選んで、選択肢が増える場合……」


 サクは後半、ほとんど独り言のように喋りながら、プールを見つめて何か考え込んでいる。サクに何を言われても、俺はサキコと別れる未来は選択したくない。

「俺は、落ちる直前まで、サキコのことを後悔してた。何もせずに、あの未来に戻るくらいなら、俺はここで過ごす。帰らない」


 サクは、横眼で俺をちらりと見て、思案にふけるように目を伏せる。

「戻ったところで、クソみたいな人生が続くんだ。せっかくのチャンスなんだよ」

「三年先は、まだ大学生だろ? 戻ってからでも、いくらでも変えられる。過去にこだわららなくても、未来は変えれる」


 サクは俺をまっすぐに見て答える。未来ある高校生らしい、完璧な回答だ。

「そりゃ、お前はそうだろ。でも、俺は違う。スタートラインから違うんだ。変えたくても、内定ももらえないんだ」

 こんなのは、ただの嫉妬だ。大人げないな、俺。サクは、目をそらしてプールの水面を見つめる。


「内定とミサワは、関係ないだろ……」

 サクは正しい。フラれなくても、第一志望には落ちるのかもしれない。そこに因果関係がある根拠はない。そんなことは分かってる。


「そうかもしれないけど……。サキコとのことは、ターニングポイントなんだよ」

 けれど、俺の未来とサキコが、つながっていてほしい。あと、リプレイしたことで気づいたサキコの嘘は、そのままにして帰りたくない。サクは、手に持っているメモを裏返して方眉をピクリと動かす。


「……分かったよ。一二月三日までに、ケリをつけてくれ。ミサワに関しては、おれは何もしない」

 俺は、大きくうなずく。もっと厳しい事を言われるかと思ったが、サクはあっさりと引き下がった。


「ありがとう……」

 俺への同情かもしれないが、そんなことは構わない。どう思われようが、サキコを失いたくない。

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