ⅲ 3
「このプールの地下、何があるか知ってるか?」
サクが
「下水管とか? わかんないけど」
「Jリングの加速器だよ。しかも、射出した
プールの向こうを見ると、大きな建物が見える。かなり遠くに見えるが、研究施設の加速器はここまで伸びているのか。プールは校舎の端だが、その隣のテニスコートが、学校の敷地の端だから、敷地の三分の一くらいは、地下にその加速器とやらが埋まっているのだろうか。
「なぁ、その加速器って何するモノなわけ? なんか衝突とか、危ない実験すんの?」
「まあ、危ないかもな……。原子って電子とか
「物理の授業でやった量子論のとこか。目に見えないやつ。けど、そんな小さいものぶつけて、何の役に立つんだろ」
量子論は、俺の受験科目としては、ウエイトが少ない。内容が難しいので、読んでもあまり理解はできなかった。サクは得意分野だ。
「まあ、粒子の特性とか、未発見の粒子の観測とか、色々調べれる。ここの施設は、陽子を高精度で分離して、衝突させることができる。そうすると、ブラックホールができるかもしれないんだと」
サクが、何を言いたいのかが、分かってきた。ワームホールの可能性を、言っている。サクから借りた雑誌で、ワームホールは入口がブラックホール、出口がホワイトホールと図示してあった。しかし、偶然とはいえ、俺が落ちたその地下にそんなものがあったとは。そのおかげで俺はリプレイ生活を送っているということなのか?
「へぇ……じゃあ、めちゃめちゃ危ないな。ワームホールまで発生したりして?」
軽い調子で聞き返した俺を、サクは笑わずに見つめる。この返しじゃなかったかな。俺についていけるかな……。
「トキヤとあの雑誌の話をした次の日、おれの部屋に知らないメモと地図と、記事が置いてあった」
サクはカバンを開けて、
地図は、隣の研究施設が載っていて、破線で高校の敷地に掛かる程の、大きな輪が描かれている。建物の名称は「国立核研究機構」となっている。この大きな
「プールの下まで破線で円が描いてあるけど。さっき言ってた加速器は、この破線ってことか? この赤の×印はサクが描いたのか?」
破線は校舎脇のプールの中心付近まで円周がかかっていて、プール内の破線上に×印が赤ペンで書き込まれている。×印から施設の方向に向かって、円周をなぞっていくと、ほぼ逆側に、加速器を示す円の直径三分の一程度の小さな円が、交わるように描かれている。その円から直線が伸びて、大きな円の二か所に繋がっている。
「そうだよ。そのでかい円が加速器。巨大なドーナツみたいな感じだよ。で、その×は描いてあった。あと、このメモ……」
横
二〇一七年一二月三日、二〇時一三分と書かれていて、矢印が下に引張ってある。矢印の先には、二〇二〇年一二月五日、二二時三四分。年月日を見て、どきりとした。二〇一七年は、今俺がいる年で、二〇二〇年一二月五日は、俺が夜の高校に侵入した日だった。つまり、屋上から落ちた日。
「どうして、サクがこれ……」
サクは少し長めに俺の顔を見つめる。その目は、ミステリー系の映画で刑事が犯人を見つめるような、そんな迫力がある。
「これはどうやら、おれが書いたみたいなんだ」
「は? なんでサクが、この日を?」
書いたという割には、
「いや……正確には、おれは書いてない。三年後のおれが書いたんじゃないかと思う。ゼロの書き方、おれちょっと変わってて、下側から書き始めるんだ。このメモはゼロが全部そうなってる。書いた覚えはないけど、字はおれなんだ」
確かに、サクはゼロを下側から書く。数字のゼロというより丸印みたいだと思った。よく見ると、このメモはゼロが丸印のように書かれていた。誰の字か聞かれたら、サクの字だと思うだろう。
「そっちの記事は? 何が書いてある?」
サクの手を
内容を読むと、専門的な数値や用語が、やたらと出てくるが、意味合いとしては、陽子ビーム位置の調整中に、
事故の日付は、二〇二〇年一二月五日の夜となっている。
「この記事、三年後の内容なんだよ。だからメモも、三年後に書かれたんじゃないかと思うんだ」
「いや、三年後のメモって……なんで三年後のサクが……」
俺が、ここから落ちた同じ日に、Jリングでは実験をしていた。さらにその実験で起きた何かにより、異常が起きた。俺があの日、最後に見たのは、黒い空とぎらぎらしたプールの水面。あれって月明りの反射だったのかな? そして、赤い×印のついているプールに……落ちた?
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