惹かれる時間

一、

 私、市村真紀いちむらまきは、家に帰ったら玄関に座り義足を外す。


 この瞬間から右足を支えるものは無くなり、ぽっかり空間が出来るがこれが本来の私の姿。


 外した方が楽なのと、家の中ではそんなに移動することはないから基本外すことが多い。共感しづらい感覚かもしれないが、義足を外すと家に帰ってきたぁって解放された気分になれるので好きなのだ。


 壁にかかっている松葉杖を手にして廊下を移動し、手洗いうがいをして私の部屋に入る。


 着替えを済ますとリビングへ行き、先にソファーに座りテレビを見ているお母さんに声を掛ける。私のお母さん、市村佳保かほは視線を向けると少しだけ目を大きく開く。


「ただいま」


「お帰り、今日も自転車の練習?」


「うん、まあね」


 ふかふかのソファーに座ったまま答える。


「ふ~ん」


 お母さんはそれだけ言って、テレビを見ながらチラチラと私に視線を送ってくる。


「なに?」


「なんかさぁ、最近の真紀、楽しそうだなって。ただそれだけ」


 思わず頬を手で押さえてしまう。今自分がどんな顔をしているか分からないが、頬だけでなく耳まで熱い。


「前はさ、絶対自転車乗ってやる! お前ら見てろよ! って勢いだったけど。今はなんて言うかさ……」


 そう言ってお母さんは私の方に体を向け、ジッと見つめる。


「楽しそう……いや嬉しそうかな?」


 そこまで言われ、ドキッと心臓が跳ね上がるのを感じてしまう。


 いやそもそも何で、何にドキドキしてるかって、そこが問題だ。


 そんな疑問を自分にぶつけながら、先ほどまで河川敷で一緒に練習していた人のことを思い浮かべているのだから、本末転倒とはこのことだろう。


「まあ、自転車に乗れなくてもいいと思っているから練習自体反対なんだけど。最近怪我もしてないみたいだし、そこはお母さんとしては嬉しいかなと」


 一言多いが、これ以上追及はこないような流れにホッとする気持ちの方が今は大きい。下手に文句を言って話が続くのは得策でないと黙っておく。


「練習以外に目的がありそうでお母さんもビックリだけど、お父さん知ったらひっくり返るだろうね」


 お母さんはいたずらっ子のような笑みを浮かべそれだけ言うと、私の言い訳を聞かないと言わんばかりに逃げるように台所へと向かって行く。


 完全に勘づいてる……。


 自分の母親の鋭さに感心してしまう。

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