十一、

 高鳴った心臓を抱えたまま僕は市村さんと二人で大きな橋を渡り、さっきまでいた河川敷を下にして市村さんの住む町へ向かう。


 橋一本分しか変わらないのに、空気まで変わったように感じる。いつもは遠くから見ている町を歩く。


 とても変な感覚だ。異世界にでも来たようなそんな不思議な感覚。


「あの……」


 不意に発せられた声で我に返り、声の主である市村さんの方を見る。


 その目は少し不安そうな色を宿し僕を見ている。


「咸峰さんは私と一緒に歩くの嫌になりませんか?」


「えっと、ごめん。なんで嫌になるのかがわからないんだけど」


 素で質問の意味がわからず聞き返す。


「あ、いえ……」


 不安そうに恐る恐る杖を見せてくる。今日何度か聞かれたことだが、今日の出来事を通して市村さんの思っていることが少しかもしれないが理解できる。


「私、歩くの遅いですし、走れません。階段の上り下りも気を使うし、それに服も限られるから、みんな気を使って誘われないですし、もし誘われても私は断るんです。でも、咸峰さんとならいいかなって……」


 すごく悲しそうに言うその表情に、いつもの気の強さは感じられない。僕が単純に浮かれているときも、市村さんはどこかで不安を感じていたのかと思うと自分の鈍感さが嫌になる。


「咸峰さんはそんな感じが全くしないというか、今まで会ったことのない人だったからなんとなく安心してましたけど、今日一日一緒にいて嫌になったかもって考えたらちょっと不安になってしまいました」


 力なく笑いながら言うその姿になんと声をかけるべきか、そんなことを考える前に言葉が先に出てしまう。


「僕は市村さんと一緒に歩くの楽しいよ」


 思わず出た言葉だけど本心。


 その言葉に市村さんは少し顔を赤くして下を向くと、


「ありがとう……ございます」


 と小さく呟く。


「杖のこと気にしてたの気が付かなくてごめん。僕、あまり気が利かないから気になることは言ってもらえると助かるよ」


 付け加えた僕の言葉に、市村さんは首を横に振る。


「ううん、私の方こそ気にし過ぎるところがあるし、人を疑ってかかる癖があるんで。気になったら言って下さい」


 お互いそこまで言って見つめ合う。


 僅かな沈黙が続いて笑ってしまう。


「遅くなるといけないから帰ろうか」


「ですね」


 短い会話を交わした後、僕たちは並んで歩く。



 ━━隣を並んで歩けること。ここから徐々に当たり前に変わっていくけど、やっぱりこの日は特別で鮮明に覚えてる。


 いつもキミは隣に立ってくれる。


 何もなくなったこの空間に手を伸ばしても、空を切るのは分かってるけど、それでもいるんじゃないかって勝手に思ってる。


 こんなこと言ったら君は笑って、仕方ないなあって言いながら手を取ってくれるんじゃないかって期待してしまうんだ━━

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