十、

「ごめんなさい、考えごとをしてました」


 市村さんは申し訳なさそうな表情で、頭を下げ謝ってくる。


「さっきお店で咸峰みなみねさんに向けた視線、いつもは私に向けられる視線なんです。足の悪いお前に自転車乗れるわけないだろうって……。よく向けられる視線なんで慣れていましたし、そんなのに負けるかって思ってました」


 ゆっくりと、丁寧に自分の気持ちを確認しながら語っているように見える。


「でも今日、第三者としてその視線を向けられる人を見て、その……怖くなったと言うか……私こんな風に見られてたんだって……」


 小さな声でそう言う市村さんの表情は悲しそうで、見ている僕も切なくなる。

 人に向ける視線、それは悪意でないとしてもこんなにも人を傷つけ悲しませるのだと知った。


 僕はどうなのだろうか? 市村さんを傷つけていないだろうかと不安になってしまう。


 俯いたままの市村さんにかける言葉を探すが、結局は無い知恵と経験を絞っても僕の言葉なんて限られているわけで、素直に言うしかないのだ。


「僕も市村さんをそんな風に見てて傷つけたりしてないかな?」


 僕の問いに目を丸くして驚きの表情を見せ、すぐに必死に首を横に振って否定する。


「ううん、そんなことはありません。咸峰さんは否定するわけでも、押しつけがましいわけでもなく、その自然体というか……普通?」


 自分で言っていて自信が無くなってきたのか首を傾げ、挙句疑問形になる。そして僕の顔を見て、その表情が微妙だったのかハッとした顔になって焦りながら言葉を続ける。


「え、えっと、そのー、普通ってこう。できないって否定的なことを言うわけでもないし。頑張れって熱くなるわけでもなく。えーーーと」


 ガクッとか肩を落とし、呆れた表情は自分自身に向けてなのか、薄ら笑いでボソッと呟く。


「普通なんです……言葉が思いつかない……頭悪すぎだ私」


 コロコロ表情が変わる市村さんも可愛いなと、そんなことを思ってしまうが僕から焚きつけておいてこの状況になってしまったわけだし、ここはきちんと僕の考えを伝えないといけないだろう。


「僕は、市村さんは自転車に乗れると思ってるよ」


 僕の言葉に大きな目を向け見つめる。


「もちろん応援もしてるんだけど、慌てずゆっくり乗れたらいいなって。僕は市村さんと一緒に練習することも楽しいから、そこも楽しめればいいのかなって思ってる。って上から目線で言ったけど、これ僕のバスケの先生にお前は練習頑張り過ぎるから楽しめって言われたことの受け売りになるんだけど。でも間違ってないって思うんだ」


 いざ口に出してみるとまとまらない僕の言葉を市村さんはポカンとして見ていたけど、すぐにクスクスと笑いだす。


「やっぱり、普通じゃないです。別に今の意見だって自分の考えだって主張してしまえばいいのに、受け売りだなんて真面目にそんこと言わなくてもいいのに」


 可笑しそうに笑って、笑い過ぎて出た涙を拭いながら僕を見ると、


「そうですね。私も咸峰さんと練習するの楽しいですよ。あっ、一人でやるより気持ちが楽っていうか、ほらっ上手くできない愚痴を聞いてくれるだけでも助かってますって意味ですよ」


 照れくさそうに言う市村さんに、僕の心臓は大きく高鳴ってしまう。

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