八、

 スポーツ用品店の自転車コーナーに着くと、市村さんは目を輝かせ展示してある自転車を見つめる。


「自転車好きなの?」


「え、ええまあ……だってカッコいいじゃないですか」


「こういうのクロスバイクとか言うんだっけ?」


 市村さんが眺めていた試乗用の自転車を手にとってみる。


「あぁ~憧れるなぁ」


 市村さんは僕の握っている自転車を羨ましそうに見ている。


「そんな遠くからじゃなくて、ハンドル持ってみればいいのに」


「え、だって自転車乗れないですから……持つ資格ないです」


「資格って……別に自転車乗れなくても持つぐらいならいいんじゃない? ほら、杖は僕が持ってるから持ってみたらどう?」


 僕が市村さんの方へ自転車のハンドルを傾けると、市村さんがそーっと手を伸ばし杖を僕に渡してくるので受け取って、代わりにハンドルから僕は手を離す。


 恐る恐る握った市村さんは僕に目を向ける。自転車の横に立ち僕を見るその目は眩しいくらい輝いていて、圧を掛けてくる。


「似合ってると思うよ」


「本当!」


 求める答えだったらしく、小さくガッツポーズする。


 小さな仕草がいちいち可愛いなとそんなことを思いながら見つめてると、僕の視線に気づいた市村さんが恥ずかしそうに目を逸らしてしまう。


「自転車をお探しでしょうか?」


 突然後ろから声を掛けられ、後ろを振り返ると営業スマイル男性の店員さんが立っていた。スポーツ店のロゴの入ったエプロンを着けた店員さんは、ニコニコとしながら一歩踏み出し僕らの間合いに入ってくる。


「あ、ち、違います。私じゃなくて……」


 ハンドルを握ってテンパって焦る市村さんが否定する。その否定の仕方だと僕が買う人になってしまう。


 その読みは的中し、店員さんは営業スマイルを固定したまま僕の方に顔を向ける。


 だがスッと営業スマイルは消え、どこか目は冷たく素の表情になってしまう。


 突然の変わりように不思議に思い店員さんの視線の先を辿ると、ボクが持っていた杖に当たる。


「なにかありましたら、お呼びください」


 それだけ言うと頭を下げ、別の場所へ行ってしまう。態度には出ていないが、なんだか冷たい印象を受けた僕が市村さんを見ると、自転車のハンドルを握りしめ視線を落とし唇をかみしめていた。


 少し顔色が悪い気がする。


「自転車の整備に必要な工具見に行こうか。今日は整備のやり方を教えてくれるんだよね?」


「あ、うん。そう、そうですね……あっち行きましょうか」


 声をかけると慌てて自転車を置いて、僕から杖を受け取り目的の売り場へと向かう。

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