二、
朝からソワソワしている。体がフワフワしている感じ、床から三ミリほど浮いているんじゃないかと思うほど。
でも至って冷静であるように努める。周りに悟られたくないし。
「どうしたの? 朝からソワソワして」
一瞬にして浮かれているのが悟られてしまう。どうやら自分で思っているほど冷静ではなかったらしい。僕は無理やり笑顔を作り、声の主である母に視線を移す。
視線の先にいるのは僕の母である
僕には兄弟がいないから三人家族である。と心の中で家族紹介をしたところで、足に小さな影が近づいてくる。
にゃ~んっと鳴きながら、僕の足に体を擦り付けて去っていくのは飼い猫のモカ。色がモカっぽいからこの名である。
僕の足を擦ってそのままリビングの椅子に上ると、コバルトブルーの瞳で見つめてくる。どうやらモカは僕の心を読んでいたようで、心の中の家族紹介に訂正を要求しているようだ。
咸峰家は、直樹、愛子、兄のモカ、末っ子の
これでどうでしょう? と目で訴えると、ナン! っと短く鳴き椅子から飛び降りて去っていく。
どうやらお気に召したようだ。
「で? さっきからソワソワ、ボーっとしてるけど、結局どうしたわけ?」
「なんでもない。本当になんでもない」
自分でもどうしようもなく怪しい言い方で答えると、母は訝しげな表情をして僕を見るが、追及をあきらめたのか代わりに小さなため息をつく。
「今日のお昼はそうめんだけどいい?」
「あ、お昼いらない」
「いらない? どういうこと?」
「えっと、そ、外で食べてくる」
「えっ? あんたが外で? どこで、だれと? 詳しく聞きたい」
母の怒涛の追及が始まる。まさかお昼ご飯でここまで追求が厳しくなるとは思っていなかった。
「友達とご飯を食べようって約束してる」
「友達⁉ ご飯を食べる?」
まるで僕に友達なんていないだろうって感じの驚き方だ。
まあ、あんまりいないけど。
「ちょっと、誰なの友達って。本当にそれ友達?」
僕が騙されているんじゃないかと疑っての「それ友達?」なのか。本当にそれは友達か? お前が一方的に友達と思っているだけじゃないか? の「それ友達?」なのかは分からないが、かなり心を抉る言い方だ。
世の母親は皆こんなに酷いものなのだろうか?
「なんだっていいじゃん」
「よくないでしょ!」
反抗的な態度で乗り切る作戦は、一瞬で破られてしまう。
「もー、友達と食べるから大丈夫だって! もう出かけるから!」
「今から? 早くない?」
逃げ出す作戦に切り替え、母に背を向け逃げ出す。
「ちょっと、待ちなさい」
「やだ!」
「お昼代、いらない?」
「いる」
月のお小遣い五千円の僕に、母がちらつかせる千円は魅力的なわけである。お金を餌に追及されるかもと思ったけど、特に何の追及もなく僕は出かけることに成功する。
僕は五ミリほど地面から浮いた足で家を出るのだった。
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