隣を歩くこと

一、

 市村さんと僕の練習は予定通りのんびりと始まり、のんびりと行われる。


「最近体があまり痛くないんですよ」


 足で地面を蹴りながら自転車を進め、時々両足を地面から離し、バランスを取る練習中の市村さんが前を向いたまま話し掛けてくる。


 僕は自転車の荷台を掴んで、自転車が倒れないようにしながら小走りでついていってるので背中と会話することになる。


「それは、こけないから? それとも練習量が足りないから?」


「どっちもですかね」


 背中しか見えないから表情は分からないけど、多分いたずらっ子っぽい笑みを浮かべていると思われる。付き合いは短いけど、声のトーンからなんとなくそういう笑い方をしているかもっていうのが予測できるようになった。我ながら素晴らし成長だと思うと自画自賛してみる。


「そういえば気になってたんだけど、この間森田スポーツ店で出会ったけど、市村さんって川西かわにし町に住んでるのにこっちに来てたの?」


「それは……」


 ちょっとだけ背中が揺れて戸惑っている様に感じる。


「まあ、その……知り合いに見られたくないじゃないですか。基本的にお父さんもお母さんも自転車の練習には反対なんですし」


「なるほど、でも反対しているのならなんで自転車は整備されてるの? ボコボコなところ以外は、すごく綺麗だから気になってたんだけど」


「ボコボコ……さり気なくディスってきますね」


「ごめんなさい」


 背中越しでも怒っているのが伝わってきたので、素直に謝る。もちろん誠意を込めて。


「自転車の整備は自分でやっています。自分でやるって言ったからには徹底的にやらないといけませんから」


「自転車の整備ができるんだ! 凄い! 僕はできないや」


 素直に凄いと思ったから、尊敬の念を込めて褒めると、市村さんの背中が小刻みに震える。


 ん? これは何の感情だろ? 僕のデーターにはない動き。よく観察しようとじっと見ていると、市村さんは自転車を足で止めて僕の方を振り返る。


「す、すごい? ほんとに? えっと、じゃあ教えよっか?」


 目をキラキラさせて僕に提案する市村さんは、素で話していることにも気づかず、僕の答えを期待に満ちた目で見てくる。


 この人、褒められ慣れてないな……。


「じゃあ、お願いしてもいいかな? ほら、僕も練習を手伝う立場として、自転車の整備とかできるようになりたいし」


 僕の返事が期待に応えたものだったみたいで、ぱあっと明るい顔になった市村さんが何度も頷く。この嬉しそうな顔が見れただけでも教えを乞う労力に対し十分すぎるお釣りがくるというものだろう。


「それじゃあ、明日、土曜日空いてる? 丁度ペダル変えたいなって思ってたし、チェーンオイルも切れかかっていたので買いたかったんですよ。自転車の練習の前に……あ、そうだ! 明日は整備の日にしましょうか。一緒に部品買いに行きましょう。整備の前に説明したいから、お昼食べながらとかどうです? 皆地みなちの商店街に美味しいお店があると聞いたことがあるんです」


 テンション高く敬語と素の喋り方を混ぜ饒舌に話しを始める市村さん。こんな表情もするんだと感心しつつ、可愛いなと見惚れてしまう。


 ん? 待てよ。市村さんと一緒に買い物へ行って、ご飯を食べる? それって……

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