三、
「骨肉腫って名前は聞いたことはあるけど。詳しくは知らない」
何となく名前は聞いたことはあるけど詳しくは分からない。それが僕の骨肉腫に対する認識。見栄を張って知った被りしても仕方ないので素直に答える。
「身近に病気になった人でもいない限り、病気の知識なんてそんなものだと思います。私だって自分がなってから知りましたし。
骨肉腫って簡単に言えば骨の癌です。私は膝関節下辺りにできました」
視線は川に向けたままで話す市村さんの視線は、過去を思いだし見ているのかすごく遠くにある気がする。
「小学六年のときに足が痛いと毎晩泣く私は成長痛だと決めつけられ、すぐに治ると言われても痛いと訴え続けて、ようやく別の病院で精密検査をしてもらえ、告げられた病気が骨肉腫。一度は骨を切断し、人工骨に変えることで中学二年までは生活できましたが、再び激痛に見舞われ関節部に発症した癌は体を蝕む危険性があることから足を切断する選択を迫られたわけです」
淡々と話す市村さんが一旦目をつぶり、静かに目を開く。その表情はどこか儚く、それでいて力強く感じた。
「死ぬか? 切るか? その選択を迫られ、私は切りました」
そこで黙ってしばらく遠くを見つめていた市村さんが僕に視線を僅かに移す。意識して見たというより、無意識に僕の表情を窺った、そんな感じに思えた。
「僕には想像もつかない話だなと……ごめん上手く言葉にできない」
僕が答えるのを市村さんはじっと見つめている。そしてそのまま無言でしばらく見つめ合っていた僕だが疑問をぶつけてみる。
「市村さんの話を聞いて今まで自転車に乗ったことがないことは理解できたけど、自転車の練習しようと思ったのは最近なの? 乗りたいって思った理由は他の人が楽しめて、自分が楽しめないのは不公平だって言ってたけど、その切っかけは?」
顔は向けたまま、だけども目を左下に落として迷いを見せるがすぐに真っ直ぐ僕を見つめる。
「最近です。切っかけは……」
ふうっと少し息を吐いて、僕に向けた目は最初に会ったときの強い意思の宿った目。
「私は何もできないわけじゃない。この体でも新たに挑戦して、できることはあるんだって皆に証明するためです。そのために皆が私は乗れないし、乗る必要がないって言う自転車に乗ってやろうって思ったんです」
出会って日が浅いから市村さんの人間関係は分からないし、きっと色んなことがあっての言葉だと思う。正直もっと色々聞きたいけど、聞かずに僕は一言だけ言うに留める。
「じゃあ、練習しないとね。僕も手伝うから自転車に乗ってやろうよ」
夕焼けに赤く頬を染める市村さんは一瞬驚いた表情した後すぐに、嬉しそうな笑顔を見せ、
「そうですね」
と返事してくれる。
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