二、

 始める前は恥ずかしいと言っていたのに、今ではさも当然のように僕が自転車を押して市村さんは座ったまま足をパタパタさせて上機嫌である。そして休憩予定の場所まで押して向かう。


 たどり着いた休憩場所である河川敷の土手の階段に腰掛ける。


「結構動いたから暑くない? ジュース買ってくるから何か飲みたいものある?」


 唇を押さえ少し考えた後、


「炭酸が良いです」


 ちょっぴり遠慮がちに言う姿に、俄然やる気を出す僕は、自分の足の痛みも忘れ階段をかけ上がり、自動販売機へ急ぐ足も軽くなるのは当然のこと。


 戻りは急ぎつつも、缶を振って炭酸が飛び出ないよう慎重に階段を下りて市村さんの元へと帰っていく。


「ありがとうございます。お金いくらでした?」


 僕から缶を受け取ってお礼を言う市村さんに、僕は兼ねてから言いたかった台詞を口に出すわけである。


「いいよ、僕が出すから」


 とまあ、可愛い子に奢るというちっぽけな夢。たかが百何十円だけどちょっぴり夢が叶った瞬間なのである。


 人が聞けば、なんだそんなことと思われるかもしれないけど、彼女も女友達もいない僕にとってはとても大きなこと。


「じゃあ次は私がお金出しますから、今日は咸峰さんの奢りで。ありがとうございます」


 市川さんがお礼を言ってくれる。お礼を言われたことはもちろん嬉しいが、それよりもはと言ってくれたことに、次があるんだという事実に心躍らせてしまう。


 プシュっと炭酸特有の涼しげな音を立てプルタブが開けられる。


 美味しそうに飲む姿を横目でチラッと見て、僕も自分のジュースに口をつける。


 喉にしゅわっとした泡が弾けながらそのまま胸を通って行くのを感じつつ、市村さんに目を向けるとぼんやりと川の方を眺めていた。


 市川さんの視線の先に何かあるのかなと、僕も同じ方向を見つめるがあるのはいつもの風景。それはたぶん市村さんが見ているものは違う、そんな気がして寂しさを感じる。


骨肉腫こつにくしゅって知っています?」


 ポツリと一言。


 いつもとは違う低い声に僕は市村さんへ視線を戻す。缶のふちから唇を離して、自身を抱きしめるように少し体を丸め川を見つめたまま市村さんは話し始める。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る