焦らず、確実に、一歩ずつ

一、

「ちゃんと持っててくださいよ」


 自転車の荷台を持つ僕に念を押してくる市村さん。


「大丈夫だよ。ちゃんと持ってるから」


 河川敷に時折吹く風が僕たちの間を抜け心地よさを届けてくれる。


 コケさせてはいけないという緊張感と、そのために荷台を持つ手に力が入ることで汗をかく僕にはとても心地よい風に感じるし、風向きによっては市村さんの薫りが……


「真面目にやろう!」


「はっ? やってますって!」


「あ、ごめん。僕に向けた言葉で、市村さんに言ったわけじゃないんです……」


 邪念を振り払う為に、気合いを入れたら声に出てしまった。焦る僕をジト目で見る市村さんは、やがてふんっとため息をつく。


「どーせ、やらしい妄想していたんでしょ。なんとなく分かってきました、咸峰みなみねさんのこと」


 呆れた表情で僕を見る市村さんに反論の余地のない僕は、「ごめんなさい」と素直に謝り、ますます呆れられる。


 ん?


 今、市村さん僕のこと名字で呼ばなかった?


「練習しませんか?」


「そ、そうだね。やろうか」


 両足を僅かに浮かせた市村さんの自転車を僕が押す。バランスを崩しそうになったら市村さんが足をついて歩くぐらいの速度でのんびり進む。


「これ、本当に乗れるようになるんですか? なんか微妙に恥ずかしいんですけど」


「う、うん。色々調べたけど、まずは乗れるイメージを持つことが大事だって」


「う~ん、確かに乗れるイメージなんて持ってないですし……恥ずかしいけど我慢します」


 河川敷をお散歩スピードで進む僕ら。確かにちょっと恥ずかしい気もするけど、こういう地道な努力が大切なのだ。……と言い聞かせながら自転車を進める。


 足を僅かに上げてバランスを必死にとってた市村さんだが、若干余裕ができたのか時々足を上げてパタパタさせ始める。その動きが可愛いなと思いながらも、右足が気になってしまう。


 言われるまで義足だなんて全然気がつかなかった。制服姿の時もニーソックスを穿いていて分からなかった。

 義足や義手の人がいるのは知識では知っていたけど、実際に接する日が来るとは考えたこともなかった。


 キッと緩やかに自転車のブレーキが掛けられ、自転車が止まる。


「気になります?」


 自転車に座ったまま僕を見上げる市村さんと目が合う。この問いは、義足が気になるかと言う意味だろう。


「うん、気になる」


 嘘偽りのない僕の答え。


「素直でよろしいです。変に気を使われないのは嬉しいですね。休憩ついでにちょっとだけお話ししましょうか」


 そう言いながら、市村さんは自転車から降りる。

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