五、

 右足の捲っていた靴下とジャージを元に戻すと、市村さんはゆっくりと立ち上がりパンパンと音を立て土を払う。


「なんとなくやる気が出たので、自転車の練習を再開しようと思います。明日からですけど」


 西の空に目を向け随分と傾いている太陽の存在を確認した僕は、なぜ練習再開が明日からなのか察し納得する。


「その練習に僕は参加して良いのかな?」


 その問いに考えることもなくあさっりと宣告される。


「あなたがプレゼンして、私のやる気を出せたので、その責任はあるかと思いますけど」


「プレゼンて、前回のは失敗してなかったっけ?」


「さっきの分まで含めてということで」


 なんとなくだけど、ちょっぴりお互いを遮る壁が低くなった気がする。そのせいか会話のキャッチボールがスムーズになったような感じがする。

 それになによりも、言葉が優しく感じる。刺の先端が丸く柔らかくなったとでも言えばいいだろうか。


「ところで、バスケットをしてるって言ってましたよね? 練習は大丈夫なんですか?」


「足首が完全に完治するまでは、練習に出てくるなって言われてるからしばらくは大丈夫かな」


「まだ足痛むんですか?」


「ジャンプとかしなければ大丈夫だよ」


 市村さんは僕の足に視線を落とすと、少し表情に影を落とす。


「そう……ですか。なら足が完治するまでに乗れるようにならないといけませんね。頑張ります」


 そう言いながら顔を上げて微笑むその表情が可愛いと思ってしまい、返事が一テンポ遅れてしまう。


「足が直っても最後まで付き合うよ。プレゼンした責任は全うするから」


 僕の言葉に頷く市村さんは、やっぱり可愛いと思う。


 その明るく可愛い表情に明日から自転車の練習が始まるのかと思うと、わくわくする僕なのであった。




 ━━ 一緒に自転車の練習をする。


 そう決まったときはまだ出会って三回目。なのになぜか胸は高鳴ってしまっていたんだけど、多分勘違い。


 そう思って自分を納得させた。


 今思えばこのときからキミのこと気になっていたんだろうなって、今も胸の内にあるこの気持ちに向き合ってみればすぐに分かるんだけどね。


 それまで人を好きになったことなんてなかったから、よくわからなかったんだよね。


 自分で自分の顔は見えないから分からないけど、向き合うキミの表情は明るかったから、あのときからキミも気になってたんだろう。そういうことにしておこうかな。


 自意識過剰とか言って笑わないでね━━

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