四、

 市村さんは右足のジャージの裾を捲り上げ始める。僕は何事かと驚きながらも、ただただその様子を見守る。


 ジャージを膝まで上げると白く長い靴下が姿を現すが、ゴツゴツしていて違和感を感じる。更に靴下を下ろすと、黒色と銀色の物体が目に飛び込んでくる。それは人工物の無機質であることを僕に主張してくる。


「義足、初めて見ました? 私右足の膝から下がないんです」


 驚く僕に市村さんが説明してくれる。さっきは驚いてよく見ていなかったけど、義足をじっくり観察してみる。


 太ももを包むように黒い素材があり、膝の部分は銀色の間接を模した金属が重なり、脹脛ふくらはぎ部の素材は分からないけどプラスチックのようなものが足の形を形成している。


 足首にも間接がありその先には靴が履いてあってよく分からない。


 さっき市村さんはなんて言っていたっけ? 確か変わり者な僕の反応がみたいとか言っていた気がする。

 

 義足を見て僕がどう反応するかってことだろうけど。どう反応するのが正解なんだろうか。

 それは分からないけど、これで先程の質問に答えれる。そう確信できたので先にそっちを答えることにする。


「市村さん、さっきの質問。なんで16歳になって自転車の練習をしているかだけど、義足になる過程で練習できなかった。または乗れなくなったってことであってる?」


「はっ? いや、まあそうですけど、今はその話じゃなくてこれを見てどう思うかを聞いてるんですけど」


 怒られる。ときどき僕は会話のキャッチボールを別の方向へ投げるクセがあるから気を付けないといけないと思い、なんと答えようか言葉をまとめる。


「どうって……」


 見たときは驚いたけど、なんて言えば良いのだろうか。身体の問題だから言葉には気を使った方がいいのだろうけど、どう言っていいのかが正直分からない。


 結局僕は自分の思ったこと、感じたことをそのまま伝えることしかできないわけで、それを口にする。


「初めて見たときは驚いたけど、ああ、市村さんは義足だったんだ。だから自転車の練習してたんだって思ったけど。あ、思いました」


「それだけですか?」


「うん、そう」


 市村さんは頭を抱え、なにか唸っている。やがてパッと顔をあげると僕を見つめてくる。ジッと見つめてくる瞳にドキドキしてしまう。


「はぁ~これを見て大体の人が可愛そうだとか、大変だねって言うんですけど。なんていうか感情の起伏がないというか、うまく言えないですけどすごく普通な感じですね」


 ため息と一緒に吐き出される言葉。それは重く暗い感じ。だけど後半の呆れたような物言いは僕に向けて言った言葉。


 そう感じた。


「僕、市村さんのことよく知らないから今の市村さんが可愛そうなのか分からないし、大変なのかも知らないからそれは言えないかなって思う」


 そう言う僕の瞳を覗き込んだ市村さんがクスッと笑う。


「はぁ~やっぱり変な人です」


 ため息と一緒に吐き出した言葉は、少し跳ねる明るい感じ。

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