三、

「あのぅ」


 恐る恐る声をかけると、市村さんは少し不機嫌そうな顔を僕に向ける。


「僕が市村さんを手伝う理由なんだけど」


 その一言に市村さんの目が座り、意識が僕の方向に向くのを感じてしまう。


 なんと表現すればいいだろうか。市村さん自身、自転車に乗りたい気持ちともう続けたくない気持ちで葛藤している。

 だからこそ続けるための理由を探している、そこにたまたま現れた僕になにかを期待しているとでも言えばいいのか……。


 期待ってのは良く言い過ぎかな。でも、僕が何を言うのか凄く興味を持っているのは間違いないと思う。


 興味を持ってもらって悪いけど、僕が言う答えは絶対に市村さんの求める答えでないと言い切れる! 胸を張ってそれは断言出来る。


「僕が市村さんを手伝う理由。それは……」


 無意識なんだろうけど市村さんがグッと身を乗り出すので、首筋から鎖骨のラインが際立つ……。目の保、毒である。


「自転車の練習を手伝だったら市村さんと仲良くなれるかなって」


 お互い無言。


「はい?」


 ようやく静寂を破った意味の分からないといった「はい?」

 

 そして市村さんは目をパチパチさせながら僕を見る。


「いや、だから。ほら、えーと市村さんとお近づきになれないかなぁって」


 もうここまで言ったら繕っても仕方ないだろう。かなり恥ずかしい台詞だが言ってしまえ! の精神で勢いに任せ言ってしまう。


「か、可愛いから。お近づきになれればって。その付き合いたいとかじゃなくて、可愛い子だなって……だから仲良くなれたらなぁって……そう! 下心ありで提案しました!」


 この発言を受けて目を丸くしたまま僕を見る市村さんだったが、すぐに口を押さえ下を向き肩を小刻みに震わせ始める。

 最初は怒っているのではないかと不安になったけど、よく見ると声を殺して笑っている。


 しばらく様子を窺っていると、やがて体を起こし目の涙を拭いながら僕を見る。


「久しぶりにこんなに笑いました。なんですかその理由。しかも下心ありだって真面目に答えるって。ふふっ、下心ありって……これだと真剣に考えていた私がバカみたいじゃないですか。あなたはやっぱり変わった人です」


 時々笑いながらそう言う市村さんは、まだ目に溜まっていた涙を拭うと、僕を真っ直ぐ見つめる。正直、可愛いとか言った手前意識してしまってドキドキしてしまう。


「その変わったあなたの反応が見てみたいです。今まで私の周りにいた人と違うのか、一緒なのか」


 そう言って座って伸ばしていた右足の膝を両手で引っ張り曲げると、ジャージの裾を上げる。

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