七、

 楽しそうに自転車に乗らないと、楽しさが伝わらないと言われてもどうしていいか分からない。


 笑いながら乗れば良いのだろうか? 一瞬想像して、気持ち悪いので想像を振り払うように首を横に振る。


 どうすれば良いのだろう。悩む僕を相変わらず土手に座ったまま両手で頬杖をつく市村さんが見つめている。


 ドキドキするので、気付いていない振りをするために目をつぶり考える。

 

 どうすれば楽しさが伝わるのかを、生まれて初めてじゃないかってくらいに考えた僕は一つの結論に達する。


「僕が自転車を漕ぐから、市村さんは後ろに乗って、自転車に乗るのを体感するってのはどうかな?」


「……」


 しばし無言の市村さんは、いぶかしげに僕を見つめるが、やがて立ち上がると僕の前にやってくる。


 ふんわりと空気が動き、運んできた市村さんの薫りが僕の鼻を心地好くくすぐり、ドギマギしつつも平静を装う。

 そしてその薫りに当てられ自分の発言したことが、大胆で、愚かなことだと気付く。


 よくよく考えれば、二人乗りをするってことになるし、それは密着するってことだし、さっき名前を知ったばかりの人間が提案することではない。


 まして男女となれば尚更。


 楽しさを伝えるのを優先し過ぎて、市村さんとの関係を考慮していなかった。コミュニケーション能力の低い僕の浅はかさ全快である。


「ごめん、よくよく考えたら、二人乗りは違法だった」


 法律を盾に発言を撤回する。


「公道に出なくて河川敷なら問題ないと思います」


 意外な答えが返ってくる。違法かどうかではなくて否定的ではない答えに驚いてしまう。


「自転車に乗る楽しさを教えてほしいと言ったのは私です。あなたが真剣に考えてくれたのでしょうから、やります」


 更にビックリ。


「やるんですか? やらないんですか?」


「お、おえ、お、うん、やる。やろうか」


 圧を掛けられ取り繕うことも出来ずに、変なさえずりをして、僕は自転車に慌てて跨がる。


 変な汗をかく僕の後ろで、市村さんが自転車の前に立って足を引っ掛けてみたり、荷台を握って飛んでみたりしている。


 市村さんが動く度に自転車は揺れ、その揺れを感じる度に僕は冷静さを取り戻していく。


 ぴょんぴょん飛ぶ市村さんをしばらく観察していると、少し悲しそうな表情で呟く。


「乗れない……」


 その言動に不覚にも激しく萌えてしまったのは秘密である。

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