六、

 自転車に乗る憧れを思い出させる。その方向でプレゼンを決めた僕は、市村さんにお願いする。


「もう一度だけ、プレゼンをさせてくれない?」


 手を合わせ頼む僕に眉間のシワを深くした市村さんだが、小さく頷いてくれる。どうやら許可が出たようだ。


「自転車貸してもらえるかな? 僕が乗るから見てよ!」


「はい? なんであなたが乗るのを見なきゃいけないんです。自慢ですか? 嫌がらせですか?」


「あ、いや、そう言うことじゃなくて、僕が乗るのを見て、市村さんに自転車楽しいよーって気持ちを思い出して欲しいなと。そう言う訳であります」


 本来なら僕が乗ることを提案した時点で市村さんの「分かった見てるよ」からの、楽しそうに乗る僕を見て「自転車に乗ろうとしたときの気持ち思い出したよ! ありがとう!」という流れの予定だったのだがそれは一瞬で崩れ、挙句責められてしまい僕は必死で弁明する。


 そして僕は追い詰められると、敬語になることが分かった。


「なるほど……じゃあ、お願いします」


 そう言って自転車を指差す。僕は土手から腰を上げ立ち上がると市村さんの自転車のハンドルを握る。

 お世辞にもカッコいいとは言えず、デザインも無難でザ、自転車って感じだ。ただ、古さは感じるが、錆びもなくチェーンに緩みもない。誰かが整備しているのは間違いない。


 聞こうかと思ったが、自転車を観察する僕を見る市村さんの視線が痛くてやめておく。

 自転車に乗るという僕にとっては何てことのないはずの行為だが、緊張してきてうまく乗れるか不安になってきた。


 スタンドを上げて、サドルにまたがりペダルを踏み込むと自転車は進み始める。緊張したが進み始めれば何てことはない。


 ただ、自転車を漕いでいるだけで何か特別なことはできないので河川敷に円を描いて、市村さんをチラッと見る。


 両手で頬杖をついて僕をボンヤリ見ている。ジャンプぐらいした方が良いのだろうか、なんて身の丈に合わないことを考えてしまうが、無難に生きる僕は普通に自転車を止めて降りると、市村さんのもとへ評価をもらいに行く。


「もっと楽しそうに乗ってくれないと、楽しさが伝わってきません」


 無茶苦茶である。

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