四、
市村さんは緩やかな坂道を自転車を押しながら下っていく。僕はその後ろをついていくわけだが、手ぶらなのは自転車を押そうかと言ったら断られてしまったからである。
やがて河川敷に降りて自転車を止めると、市村さんは傾斜になっている土手に座るので、僕もちょっと離れた場所に座る。
「今日は練習をしません。ですがあなたにここに来てもらったのには理由があります。さっき言ったことを覚えていますか?」
僕は、ほんの少し前のことを思い出し答える。
「僕が自転車に乗る楽しさを語って市村さんのやる気を出させる、です」
なぜか敬語で答えてしまう僕だが、その答えに大きく頷いた市村さんはジャージの袖を捲る。
白く細い腕に見入ってしまうが、よくよく見ると腕には絆創膏が貼ってあったり、打ち身で青くなっているところがある。
「今、私はやる気がありません。何故なら腕が痛くて、練習という行為にうんざりしているからです。でも、自転車に乗りたい気持ちはあります」
僕がうんうんと頷くと、満足したのか市村さんも小さく頷き話を続ける。
「あなたが、自転車に乗れる楽しさを私にプレゼンし、私に自転車の練習したいと思わせること、つまりやる気を出させてほしいのです」
市村さんの説明を聞いて僕が持った感想は、なかなか無茶な要求だというものだ。
普段の生活で自転車に乗ることはあるが、乗って楽しいかと言われるとそうでもない。
自転車を趣味としていれば別かも知れないが、残念ながら僕の趣味は自転車ではない。
だからといってここで期待に応えないわけにもいかないだろう。
それは単純に市村さんにお願いされたから応えたいという、男としての下心ありきな考えかも知れないけど僕が真剣なのは間違いない。
コホンと短く咳払いをすると、ちょっぴり期待の目を向けてくる市村さん。
「歩くより目的地に早く、そして楽に着ける」
チラッと市村さんを見ると、眉間にシワを寄せ、渋い顔をして僕に軽蔑の眼差しを送ってくる。
気を取り直し、もう一度プレゼンする。
「運動になって健康的!」
溜め息もついてくれず、引き続き渋い顔で僕を見てくる市村さん。
プレゼン失敗……かな……。
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