僕は法月にシュート練習をさせる

 その後も僕たちG組はH組のチームに翻弄された。H組はいろいろとメンバーを替えてフォーメーションを試していた。自由に、本能的に動いていたのは香月かづきさんだけだったようだ。

 他の女子はG組と同じように素人同然から練習を始めたのに、香月さんや、星川、そして睨みを利かせる鮫島がいるだけで、精神的優位にたち練習してきたものを出しきっていた。

「まあ、勝つことだけがスポーツじゃない。楽しもう」沢辺先生が能天気に言った。

 そしてG組は、やはり元気だけが取り柄のクラスだけあって、沢辺先生の言う通り勝ち負けにはこだわらなかった。

 法月のりづきは相変わらずだった。ちょっと目を離すとグラウンドの端でさぼっていた。それを見つけて、なだめすかして、練習させるのが僕の役割だった。

「三分だけじゃなかったのか」法月は憤慨していた。「詐欺だよ、詐欺」

「みんな同じ条件でやろうという話になったんだよ」

 フットサルで球技大会に参加するG組メンバーは十八名だった。それで五人のチームを四つ作った。賀村よしむら他一名が二つのチームに加わった。僕と法月、賀村、そして女子二名でひとつのチームとなったのだ。この四つのチームが予選二試合の前後半を一つずつ受け持つことになった。だからハーフの七分出続けなければならない。

「あたしは出ないよ」

 法月は頬をふくらませている。プクウッと。それがまた可愛い。他の生徒には決して見せない顔だ。

 ボッチの法月は、多くの生徒にとっては神秘的なクールビューティで通っていた。法月のポンコツの一面を知っているのは中等部一年A組の一班にいた者だけかもしれない。

「そんなこといわないで、頑張ろうぜ。僕も出たくないけどやっているんだ」

「出たくないなら、あたしと一緒に三分で交替しよう。みんなそうすれば良い」

「むちゃくちゃ言うなあ」

「むちゃくちゃはどっちだ」

 口ではそう言うが、僕がボールを蹴ると、それを蹴り返すくらいできるようになっていた。止まったボールでなくても、コロコロころがっている程度のボールなら空振りせずに蹴ることができるようだ。

「ゴールに向かってシュートする練習してみないか?」僕は法月に提案した。

「なんで、あたしが?」法月は不機嫌そうな顔を向ける。「あたしはボールが来ないところにいるから、いないものと思って」

「いや、それでいい」僕は言った。「ボールが来そうにないところにいてくれて良いんだ」

「は?」

「ただ、ひとつだけ約束して欲しい。もし万一、君のところにボールが転がってきたら、ゴールに向かって思いきり蹴って欲しいんだ」

「だから、パスしないでって言っているでしょ」

「パスはしないよ。でもコロコロ転がってくることがあるかもしれない、自分のところに。そしてそれに向かってみんなが突進してくる」

「怖い、怖い……」法月は頭を抱える。

 ふだん女王様のように振る舞い、サディスティックに僕をいじる法月がうろたえているのを見るのは面白かったが、ここはそうもしていられない。

「だから、そんな時は、すぐにでもボールをどこかに蹴り返したいだろ? ゴールに向かって蹴るんだ」

「ゴールまでとどかないだろ?」

「いや、届くさ。君がいる位置は相手ゴールのすぐ傍だから」

「え、何で?」

「それは、簡単な理屈だよ。僕たちのチームは弱い。ボールはほとんど僕たちの陣地で回っている。敵も味方もみんな僕たちの陣地にいるんだ。ボールから最も遠い距離、それは相手ゴールの傍なんだよ」

「そうなのか?」法月は半信半疑だ。

「お前、さっきまでの試合形式の練習見てなかったのかよ」僕は呆れた。

 僕は懇切丁寧に説明するはめになった。

 法月はパス回しができない。ほとんど動けない法月を敢えてピヴォの位置において、3-1のフォーメーションにすることを賀村が提案した。「Lピヴォクラウン」とかいうやつらしい。

 法月が前線の左にいて、残り三人のフィールドプレイヤーがエイトの動きでパス回しをする。まあ、そんなにうまくいくはずないと僕は思うが、負けるとわかっていても手は打つべきだ。それが青春だ、とか沢辺先生は言っていた。笑うよ、本当に。

「前にいて、ボールが転がってきたら、みんながどっと押し寄せるので、その前にゴールに向かって蹴るだけでいい。簡単だろ?」

「そう、なのかな」法月は自信がなさそうだ。

「とにかく、蹴る練習だけはしておこう」

 そう言って、僕は法月にシュート練習だけをさせた。オフサイドがないフットサルならではの戦術だ。

 法月をおだてて、どうにか蹴る練習だけはできた。

 その様子を見ていた鶴翔かくしょうさんが、あとになって僕のところに来て声をかけてきた。

「フットサルもうまくいっているみたいね」

 鶴翔さんのバスケットチームは準備万端なようだ。戦力的にはフットサルもバスケットもそれほど差がないはずだったのに、バスケットの方は鶴翔さんを中心によくまとまっているようだった。それでいて僕たちフットサルチームを褒めてくれる。ほんとうに鶴翔さんは優しい。そしてよくできた人間だと思う。

「法月さんもやる気を出しているようだし。生出おいで君のお蔭ね」

「そんなことないよ」僕は照れた。とても嬉しかった。

「バスケットは優勝狙うのか?」賀村がそばに来ていた。「知夏ちなつならやりそうだな」

「二年A組が強いから」鶴翔さんが賀村に言った。

「まあ、あそこは栗原がいるだけで、反則だろ」

 百九十五センチの栗原がリバウンドを全て奪いそうだ。いくら男女混合とはいえ、バスケットの場合は身長制限も設けるべきだろう。

「とにかく、お互いに頑張りましょう」鶴翔さんがにっこりと笑った。

 僕は鶴翔さんのためにも頑張らねばらならないと思った。

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