僕たちは翻弄される

 五月下旬は球技大会で時間をとられた。数学の勉強会など開けるわけがない。

 小町先生は、中間層と底辺層の底上げをアドバイスしてくれたものの、肝心のG組生徒がやる気がないのでは話にならない。少なくとも球技大会が終わるまでは勉強会どころではなかった。

 その球技大会、G組は元気でやる気はあったが、練習からして空回りの連続だった。

 体育の授業はH組と合同だ。しかも男女混合で。沢辺先生は同じように戦術を教えていたのに、それを理解したのはH組の方で、G組はますます劣等生だと思い知ることとなった。

 僕たちG組は、ヘドンドとエイトの練習だけで終わってしまった。ヘドンドはぐるぐる回るだけの動きで、かろうじてパス回しくらいはできるようになっていた。

 しかしただパスを回しているだけでゲームになるわけではない。これは一種の椅子取りゲームなのだ、と沢辺先生は教えてくれた。

 ぐるぐる回る動きをする。笛が鳴ったらさっと椅子にすわる。椅子取りゲーム。そのイメージを持って、ぐるぐる回りながらパス回しをする。そして笛が鳴ったら相手の隙をついてイレギュラーな動きを入れるのがキモだった。

 決まりきった反時計回転をしながら笛が鳴ると、ひとりが中へ入り、そこへパスを通す。口で言うのは簡単だが、実際に簡単にはできない。少なくとも僕たちには難しかった。

 もちろん、試合中に笛を吹くのは審判だけだ。プレイヤーの中で笛を吹く代わりをするのがゴレイロもしくは司令塔となったプレイヤーだ。といって「中へ入れろ!」とか「生出おいで!」とかわかりやすい指令を出すと相手に気づかれる。何らかのサインをあらかじめ用意しておかなければならなかった。

 そうやってあれこれサインやら何やら決めて練習していたのだが、結局のところ基礎体力だとか運動神経といったものの差が大きすぎると何の意味もなさないことを思い知らされることとなった。

 H組のチームと試合形式の練習をすることとなった。身内だけの戦術だと進歩がないので、違うクラスとゲームをしようと沢辺先生が言い出したのだ。

 ここでよそのクラスに手の内を見せて良いものなのか、と思った生徒もいたが、僕は気にしていなかった。そもそもH組とあたることはない。予選リーグの三チームは学年の異なるチームでグループ分けがされる。一年生、二年生、三年生が一チームずつ入っているから、予選リーグを突破して決勝トーナメントに進まない限り二年H組と当たることはないのだ。

 僕は、うちのクラスが予選リーグで敗退すると思っている。元気だけが取り柄のチームだからだ。だから出し惜しみせず、せっかく練習した戦術がどの程度通用するのか見てみたいと思ったのだ。

 しかし、戦術などというものがどうにもならない展開になってしまった。

 その時の僕のチームには賀村よしむらがいて、女子は三人だった。本来いるはずの法月のりづきは気分が悪いと詐病さびょうを使って木陰で休んでいた。本番では最低三分出場しないとダメなんだぞ。

 それでも、法月がいないのなら練習したフォーメーションをやってみることができる、と僕は思った。

 賀村がゴレイロ。僕は六時のフィクソの位置にいて、女子三人がピヴォ、アラで、十二時、三時、九時の位置についてダイヤモンド型の配置をとった。

 相手のH組はゴレイロに星川。残り四人が全て女子だった。実はこれが超攻撃的布陣だと僕たちは思い知らされることとなった。

 男子のゴールは得点と認めない、という謎ルールのため、僕たちの布陣だと僕がシュートを打っても得点にならない。女子三名で得点を上げなければならないのだ。対してH組は四人がシュートを打てるのだった。

 僕たちG組のボールでゲームが始まった。僕たちはヘドンドとエイトしか練習していない。六時にいた僕の選択肢は二つ。それはまるで将棋でいうところの7六歩か2六歩の二択しかないのと似ている。向かって左、九時にいるプレイヤーにパスを出して右の三時の方へ動くか、向かって右、三時にいるプレイヤーにパスを出して、そのプレイヤーと入れ替わって右三時へ動くかのどちらかだ。どちらにしても僕は右へと動くのだ。

 その指示は賀村が出すことになっている。

 この時の賀村は、おそらく相手チームのことをよくわかっていなかったのだろう。九時にいた味方プレイヤーをマークしている相手がやや後ろの方にいたのを見て、左へパスを出すようにサインを出した。その判断を責めることはできない。

 責められるは僕だった。

 僕たちはそれほどうまくない。パスを逸らさずに確実に受けるように僕は九時にいた味方女子が僕の方にパスを受けに寄ってきたところに、ソフトなパスを出した。

 そして僕は三時に行こうと右へとずれる。三時のプレイヤーが十二時に、十二時のプレイヤーが九時に。いわゆる反時計回転のヘドンドの動きだ。

 ところがそれが甘かった。

 九時にいた味方女子がパスを受けるより先に、彼女をマークしていた女子が、味方女子よりもずっと後ろにいたはずの相手女子がボールに到達したかと思うと、あっさりと奪ってしまった。

 僕はすでに三時方向へ動きかけていたので、ゴール前にはゴレイロの賀村しかいない状況。

 一対一になってしまった。と思った時には、相手女子の凄いシュートが賀村の腕をかすめてゴールネットまで到達していた。

「きゃああ、やった、やったあ!」

 ゴールを決めた彼女がすごく喜んでいる。相手女子四人が集まって飛び上がってタッチしたり、凄いはしゃぎようだ。元気組より元気だ。

「やられた……」僕は申し訳ない顔で賀村に言った。

「いや、オレのミスだ。後ろに下がっていたのはわざとか……」

 僕と賀村は、彼女がわざと自分がマークするプレイヤーにパスを出させるために下がっていた、と解釈した。

 しかしそうではなかった。僕たちG組は、その後も彼女、香月星かづきせいさんに翻弄された。

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