僕たちは小町先生に踊らされている?

「そして中間テスト。その対策は? 宿題の量を半分にしたクラスと従来通りのクラスで小テストに差がつかなかった。だから宿題の量は据え置き。半分にしたG組など四クラスは半分のまま、A組など四クラスは以前と同じ量……」小町先生は続けた。「小町はそれをよく思っていない。宿題をたくさんやった生徒が報われる方法を考えるに違いない、と思う生徒がいるかしらと私は思ったのよ」何だかややこしい言い回しだな。

「あの、よくわかりませんが、もう一度」

「ふと生徒の立場になって考えてみたわけよ。そんなことしたことないけれど」ないのかい!

「宿題を半分にしても小テストの結果は変わらなかった。それを小町は気に入らない。きっと中間テストで何か仕返しをしてくるはずだ。副教材をたくさんこなした生徒の得点が高くなるような何か仕掛けをするはずだ、って思う生徒がいるのかな、って思ったの。わかるかしら?」

「一学年三百人もいれば、そう考える生徒もいるかもしれませんね」僕は思わないけど。

 だって小町先生、生徒の努力なんてどうでも良い、そんなの興味ない、というスタンスなのだから。努力ではなく結果が全てという性格でしょう、あなた。

 努力した生徒が報われるような配慮などしたことないし、これからもしないでしょう。

 でもそう考えたのですね。努力した生徒が報われるような配慮をあなたはした。それが今回の中間テスト。あなたらしくないけれど。

「そんな風に考える生徒がいるかどうか、知りたくなったら検証せざるをえない。だからいつもなら入試問題から引用する二十点の問題二題のうち一題を副教材の難問にしたの。それも宿題を半分にしたクラスがやらなくて良い方の問題に」

「それに該当する問題はわずか三題しかありませんでしたね」

「そう、生出君もわかったみたいね」

「いえ、僕がその裏事情を知ったのは試験が終わってからです」法月に教えられたのだ。

「結果として数学Ⅱの学年の平均点はいつもより高かった。でも宿題を半分にしたクラスとそうでないクラスを単純に比較すると差はついていないのよ」

「どうしてでしょう?」

「ここからは考察になるけれど」小町はわずかに笑みを浮かべた。「まず、よくできる生徒はクラスにかかわらず得点アップした。宿題を半分にしたクラスにいても、おそらく全部やっていたのでしょうね」

「ボクも一応やりました。思ったほどできませんでしたが」時間が足りなかったぞ、くそ。

「優等生をのぞく、中間層と底辺層を見てみたら、E組とH組の得点がアップしていた。宿題を半分にしていたクラスだったのに。しかもあの副教材から出題した難問を解いている生徒もいた。簡単な問題を間違えたりしているのにもかかわらず、難問を解いている。しかもその解答が、言い回し、展開の仕方などそっくり。これはあらかじめ用意した解答集を暗記したに違いない」

 やられたなあ。僕もそこにヤマを張ってみんなに教えておけば良かった。法月は読んでいたのに、あいつは教えてくれなかったな。

「この、E組とH組の中間層、底辺層のアップが、宿題を半分にしたクラス全体の平均点を押し上げて、宿題を全部やったクラスとの差をなくした、と考えられるのよ」

「E組とH組のブレーンが優秀だったというわけですね」僕と違って。

「幡野さんと星川君ですね」僕は訊いた。

 幡野香耶佳は数学Ⅱ九十二点で四位、星川は九十五点で一位だった。

「さあ、どうかしら、H組は星川君かもしれないけれど」小町先生は課題に取り組んでいる眼鏡野郎をちらりと見ていた。「E組のブレーンは幡野さんではないと思うわ。あのクラスは裏で糸を引く策士が多いから」

「ちげえねえ……」と眼鏡野郎がつぶやいた、ように聞こえた。こいつ、こんな下品な言葉使うのか?

「とにかく、そういうヤマをはった生徒がいたことはわかった。これからは誰がそうなのかを検証することにするわ」小町先生は得意そうにしていた。

「ひょっとして、それ、先生の趣味ですか?」

「さっきも言ったけれど、何年もこの仕事をしていると、毎年同じことの繰り返し。何か検証とか実験とかしたくなるのよ」

「僕たちは実験台なんですね」

「そんなつもりはないわ。生徒ひとりひとりが考えていることは私にはわからない。でもそこには何かロジックがあるはず。決して気紛れなんて言葉で済ませられない行動規範があるはずよ。それを私は知りたいだけ。まあ、偉そうに言っても、私自身、先輩の先生に教わっただけだけれどね」

「それって、西脇先生?」

「さあ、どうかしら」小町先生は教えてくれなかった。

 課題を受けている男子生徒二人、眼鏡野郎と目つき悪い傍観者が、静かに笑っていた。

 やはり黒幕は西脇先生か。あの昼行燈。只者ではない。

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