小町先生が語る

「宿題と小テスト、中間テストの件ですが」僕が喋り始め、小町先生はその澄ました美貌を僕に向けている。「やはり宿題は半分にしない方が良いと先生はお考えなのですね?」

「それはそうよ。計算力がない生徒が多いのだもの。でもそれは数学だけに限った話。他の教科でもたくさん宿題や予習の必要があって負担になるのなら半分にするのも仕方がないと思っているわ。それに、できる生徒は副教材も全て解いているみたいだし」

 小町先生は、補習を受けている生徒をチラリと見た。こいつらは別、とでも思っていそうだ。

「でもやはり、副教材を全てやった生徒の努力に報いる方法を考えた……」僕はそう言って小町先生の顔色を窺った。そんな配慮をする先生だとは思っていない。「いつもなら僕たち生徒にとって初見の難問を二題出すところを一題は副教材の難問にした。それも宿題を半分にしたクラスにとってはやらなくて良い問題に」

「少し試してみたかったのよ」小町先生は微笑んだ。「どういう結果になるか」

 僕と小町先生の声が室内に響いている。補習問題に取り組んでいる二人の男子生徒は聞き耳を立てていた。課題を解いているふりをしているだけだ。小町先生もそれをわかっていて僕を相手にしているのだと僕は思った。

生出おいで君のクラス、G組は勉強会をしていたわよね? 宿題を半分に減らして小テストの出来が悪かったら元に戻すと言われたら、対策を立てるのは当たり前。どのような対策を立てて、どのような結果が出るのか気になるでしょう? 宿題を半分にしたのに結局全部やっていたのでは意味がない。そういうのは対策とは言わないわ。だからどうしたのかと思ったの」

「僕たちがどんな対策を立てたかなんてわかるのですか?」

「直接生徒に訊けば良いのでしょうけれど、そういうことできないのよ、私。コミュ障だし」は? 今、コミュ障って言った?

 補習を受けていた男子二人がプッと吹き出し笑いをこらえている。こいつら、どうも小町先生と仲が良いようだ。ずっと補習を受けていればそうなるのか?

「笑っちゃダメよ、鮎沢あゆさわ君。千駄堀せんだぼり君もウケすぎ。二人は課題に集中しなさい」小町先生は二人の男子を咎めた。

「みんなで協力して解答集をつくったのでしょうね」

「わかりますか?」

「小テストの計算問題の途中経過が同じなのよ。ふつう、式の変形とか言葉遣いとか、いくら定型があるとはいえ、あそこまで同じにならない。カンニングしている可能性もあるけれど、そういうのは私、見ているし」

「数学が暗記科目になってしまってますね」

「当然だわ。受験の数学は暗記科目なのよ。そういうことは昔から言われている。初めて見た問題をその場で考えて解いていては時間が足りないのよ。問題を見て、解き方を知っていればそれをその場で再現する。決して考えているわけではない」

「そんなので良いんですか?」

「良いわけないわ。でもそれが現実だから仕方がない。本当に数学の面白さを知りたいのなら学校の数学ではなく、自分で勉強するべきよ。それは何も数学に限ったことではないけれど」小町先生の顔が悲しそうに見えたのは気のせいか。

「とにかく、解答集を作って答えを覚えてきたのはわかった。それもまた努力のひとつの形よね。動機は宿題が増えないようにという不純なものであったとしてもその努力は評価すべきだわ、少しは」

「少し、なんですね……」

「ただの計算問題はそれでも良いわ。もう計算は頭ではなくコンピューターがするものだし。数学に限らず学校の勉強は全てロジカルに結論を導き出せるかどうかを問う問題になっている。そしてまた宿題だとか試験だとかは、どのように対策をたてるか、そのストラテジーが試されるものになっているの。だから解答集を作って暗記してきたとしてもそれはひとつの形だわ」まあ、そうですね。

「その上で、ヤマをはったでしょう?」

「あまりにも問題が多いので全て暗記できないからです。もともと問題量が多いので全て解くこともできませんし、いくつか答えを覚えて、できる問題だけ答えることにしました」

「答えた問題まで同じだったのよ。小テスト、G組は午後の授業だったから、四つのクラスから何が出たか知ることができた。問題はクラスごとに少し違っている。しかし何か傾向があるはずだ。その傾向を読んで対策をたてようって考えるわよね、ふつう」

「おっしゃる通りです」

「どういうヤマをはったか知りたいじゃない? だから仕掛けたの。四つのクラス全てに出ている問題と一度も出ていない問題を多くして、二度三度の問題は二問だけにした。ちなみにG組の後の六番目のクラスは偏らないようにまんべんなくしたわ。それは確認してくれた?」

「いえ、僕たちの後のクラスには興味も覚えませんでした」

「まあ良いわ。とにかくG組はヤマをあてたようね。当たるように出題したのだけれど。見事にヤマをはった問題のみ解いていたわ。四クラスで二度三度しか出ていない問題には手をつけていない生徒がほとんどだった。それを解いたのは鶴翔かくしょうさんや生出おいで君ら一部の生徒だけだった。ヤマは当たったみたいだけれど、結果はそれほど変わらなかったわね」

「ですから問題量が多いんです」

「小テストの場合は満点をとらせないためよ」

「満点とったらダメなんですか?」

「完璧にできたと思ったら成長が止まるでしょう?」あ、耳が痛いな、何か昔を思い出す。天狗になっていた頃の自分。

「でも結果が変わらなかったのは、覚えてきた答えを思い出すのに時間がかかったのではないの? 暗記した答えを思い出すのに素直にその場で解くのと同じくらい時間がかかってしまった。暗記が苦手な生徒に多いパターンかしら。これは今後の検証が必要ね」

「そうやっていつも検証しているのですか?」

「毎日同じ日を送っていてもつまらないでしょう?」

「たしかに」

 課題を解いている(?)二人の男子が静かに頷いた。こいつら何なの? 小町先生の追っかけか?

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