僕は小町先生を訪れる

 法月のりづきと二人でボールを蹴り合い、昔のことを話していただけでその日の体育は終わった。これがあと何度か続く。法月は逃げることなく球技大会に出られるだろうか。

 僕は法月のことだけを気にかけているわけにはいかなかった。何しろ学級委員だ。しかも多忙を極める鶴翔かくしょうさんをフォローして雑用に追われなければならなかった。

 数学Ⅱの小テストはその後も続いていた。宿題は半分のままだ。E組からH組までの四クラスで半分になっていて中間テストにおいては、宿題の量が変わらなかった四クラスとの間に有意な差は見られなかったとされている。

 が、しかし、わずかに差はついている、というのが僕の認識だった。それは努力の差もあるかもしれないが、実は小町こまち先生の意図を読んだ何人かが通常より良い成績をとったからだと思う。このままでは期末テストではっきりとした差がつくのではないか。僕はそれを案じた。

 僕はたまたま自由に動けた放課後、小町先生を訪ねた。

 職員室に小町先生の姿はなく、演習室で補習を行っていると聞いて、そこを訪ねた。教室が広く静かに感じられたのは、そこに小町先生と男子生徒が二人、合わせて三人しかいなかったからだ。

「小町先生」僕は部屋に入る前に呼びかけた。

「あら生出おいで君、君も補習を受けに来たの? 熱心ね、感心だわ」

 小町先生は思ってもみないことを言った。この先生が喜んで補習をしているとは思えない。中間テストが終わって何日もたつのにいまだに補習を受けている奴がいる。いい加減私を解放してほしいと思っているはずだ。

 テストが終わった直後に補習の対象者となった生徒は三十名くらいだと聞いている。僕たちのクラスからも何人か参加していた。そういうのを把握するのは僕の役目だった。もっとも、具体的にどのような補習が行われているかは知らなかった。意外に簡単にクリアできるものだったとだけ聞いている。

 その補習をいまだに受けている奴。どんな奴かと思って見たら、いかにも冴えない男が二人。ひとりは目つきが怖かった。何か観察するのを趣味にしているのか。その他大勢の一人として目立たないように気配は消しているようだが目が怖い。そしてもう一人は目が見えない。何だか大きなフレームの黒ぶち眼鏡をかけて、まっすぐに伸びた前髪が眼鏡を半分近く隠すくらい下りている。

 こんな奴らがこの学校にいたのか、と僕は改めて驚いた。二人とも高等部入学組だろう。同じクラスになったこともないし。

 その二人は小町先生に与えられた演習問題をこつこつと解いていた。演習問題は個人ごとに異なるはずだ。

「何か用かしら」

 小町先生の声で僕はようやく男子生徒の観察をやめた。

「宿題と定期試験の件でちょっとお話を窺いたかったのですが、またの機会にします」

「良いわよ、ここでも。少し退屈していたところなの」

 退屈? 僕は問題を解かされている二人を見た。すぐに解答を終えそうな雰囲気はない。目以外気配を消した奴は何度も消しゴムで消して書き換えをしているし、眼鏡の野郎は好き嫌いが激しいのか気に入った問題しか手をつけていないようだった。

「わかりました、ではここで」僕は精一杯声を潜めたつもりだったが、あまりにも静かだったために声は響いた。二人の野郎にも聞こえたことだろう。

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