球技大会を前に
球技大会を前にして、体育の授業は球技大会の練習になった。球技大会は男女混合だったから体育の授業も男女混合となった。
僕たち男子生徒の前にジャージ姿の
こうした機会でもないと僕たち男子生徒は沢辺先生の仕事着を見ることはない。ただの肥満体型だと思っていた男子生徒はその認識を改めることになった。
ウエストは想像以上に括れていて、肩幅が広いから上半身は逆三角形のかたちだ。もちろん胸はデカすぎる。何カップあるのかわかりやしない。腰の辺りから太ももにかけて肉が盛り上がっていて、脚力の強さも相当なものだと思わせた。
身長は百五十台なのにでかく見える。丸顔はスッピンでもとても可愛い。本当にアンバランスな姿だ。
その沢辺先生がフットサル担当になっていて、ふだん僕たち男子に体育を教えている男性教師がバスケットを担当することになったようだ。
沢辺先生はフットサルをしていたわけではないけれどよく勉強していたようで、ルールや動きの説明に時間を割いた。
サッカーの授業なんて、いい加減な教師にあたると、グラウンドを走って柔軟体操をやって、あとはパスとドリブルの練習をして漫然とゲームをするというパターンだが、沢辺先生は違った。意外にもはじめに語りが入るのだ。おそらくそれは何のためにこの練習が必要なのかを生徒に自分で考えてもらうためだと僕は思った。
「一チームは五人です。ですので四つチームをつくってもらいました」
厳密には二十名に一人、二人足りないのだが、
チーム分けの時、法月はうまく動いて僕のいるチームに紛れ込んだ。こいつはふだん寝ていて動かないくせに、ここぞというときはうまく立ち回るのだ。手を抜くために僕に寄生する道を選んだのだろう。
「五人いますが、ゴレイロを除く四人が自由に動くことになりマークをし合うことになります。ゴレイロが敵のピヴォ、アラ、フィクソについて動き回ることはありません」
なんでこうややこしい名称を使うかな。キーパーとかディフェンダーの方がわかりやすいじゃないか。
「まずは一対一のマンツーマンでマークする場合を想定します」
沢辺先生はあらかじめ布陣を描いたスケッチブックと小さなホワイトボードを使って説明をするのだが、動きのあるシーンを説明するときはホワイトボードを使った。
「まずあなたの前にボールがあるとします。敵の一人はあなたをマークしてすぐ前にいました。あなたはどうしますか?」
何だか心理テストみたいな質問だな。法月はボールは来ないでと思っているだろう。
「あたし、自信ないからパスしたいな」女子の一人が答えた。
「それは一つの選択肢ですが、あいにくとまわりにいる味方には一人ずつマークがついていました」
うは、ありがちなシチュエーション。というか球技をしていて当然のシチュエーションだ。しかし運動音痴には恐怖に近いプレッシャーがかかるのだ。ドリブルで抜く自信がないから手放したい。しかしパスを出せない。まごまごしていると敵に奪われる。奪われたら非難の目の集中砲火を浴びる。そういう状況だ。だからボールのそばにいたくないのだ。
これが敵ボールならそいつのところに向かって走っていき、いかにもサッカーしてますアピールができる。しかしマイボールでは奪われないようにしなければならない。
「ドリブルで抜く技術がなかったら結局パスを出すしかないのよね」沢辺先生が言った。「誰もいないところに」
まあそうだよね。
「するとフリーのボールを敵味方で奪い合うかたちになる。味方が先にボールのところにたどりつけば良いんだけど、そうするためにはあらかじめどこへ蹴るか自分と味方がわかっていなければならない」アイコンタクトが必要だな。できるのか?
「ところがサッカーはそれでも良いけど、フットサルコートはサッカーよりずっと狭いから誰もいないところにパスして走ってとりに行くのは難しいのよね。そんなにスペースないし」まあそうだ。
「だから結局のところ、味方がボールを持っている人のところへパスを受けに動くしかない。ということで、まずはヘドンドの練習をしよう」
多くの生徒はフットサルコートで蹴りあったことはあっても本格的にやったことはなかった。沢辺先生はフットサルは素人だけど戦術を教えようとしていた。
授業はH組と合同だからフットサルを選んだ生徒は男女合わせて四十名近くいた。それをクラスごとに分けて、沢辺先生が片方に教えている間、もう片方のクラスはグラウンドを走ったりパスを蹴りあったりしていた。
「ボールを蹴るのは右足かな?」沢辺先生は訊いた。
ほとんどの生徒が右足と答えた。しかし中に二人ほど左足と答えた者がいた。
「左足の生徒にはやりにくいかもしれないけど、まずは反時計回りのヘドンドをやってみよう」
左足を使う生徒はあとでエイトの右側に使うんだろ、と僕は思った。
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