謎は解き明かされる

 図書室の閲覧室、六人掛けのテーブルの一つに横並びのかたちで僕と法月のりづきがいた。法月に物理を教えるという勉強会だ。

 実はクラスで勉強会をする話が出来上がっていて、はじめの頃は教室に残って放課後にしていたのだが、鶴翔かくしょうさんが多忙を理由に顔を出さなくなると出席者が激減した。球技大会の練習をするという理由で集まらなくなった。本当に球技大会の練習をしているのかはわからない。そのままどこかへ遊びに帰った奴もいるだろう。

生出おいで先生よろしくお願いいたします」法月は丁重に頭を下げた。

 それが本心ではなく僕をからかっているのは見え見えだった。

で良ければ」僕は皮肉を言った。

 実は僕の物理の点数を聞いた法月が「意外にとってないんだな」と馬鹿にしたからだ。十五点の法月にだけは言われたくなかった。同じ物理部の鶴翔さんが八十五点とったのと比較して言ったのだろう。

「生出先生に教わって九十点以上を目指します」

「ああ、そうしてくれたまえ」

 こいつの相手を真面目にはしていられない。とると言ったら本当にとるだろう。数学Ⅱで九十点とった奴なのだから。

「物理で九十点とって、今度は数学Ⅱで手を抜くのか?」

「優先順位は下になるな」法月は偉そうに言った。

「数学Ⅱが九十点なんて、尊敬するよ」僕は七十点だった。

「あと二点あれば五位に入って名前が載ったんだけどな、惜しかった、惜しかった」法月は楽しそうだった。「生出たち小テスト対策のお蔭だな」

「は? お前、出てなかったじゃん」

 女の子に向かって「お前」と言える相手は今では法月だけだ。憎たらしいと思うとつい昔の癖が出る。

「休憩時間に予想してたじゃないか」

「聞いてたのか? 寝てるとばかり」

「あんだけうるさければ聞こえるぞ」

「しかし小テストと中間テストは違っただろ?」

「だから見え見えだったじゃないか」

「は?」

「今回の中間テスト、平均点はいつもと変わらなかったけれど、上位の得点がやたら高かった。九十点とっても五位に入らないなんてまずない」

「それは数学Ⅱが始まったばかりで、まだ簡単な問題しか作れないからじゃ」

「それもあるけど、わかりやすい指標がある」

「ん?」

「五位以内にイツキの名前がなかっただろう?」確かに東矢泉月とうやいつきの名はなかった。「イツキは数学が苦手だから一位をとることはないけれど五位くらいには入っている」

 前年度総合成績学年一位の東矢泉月に対してこれほど偉そうに言えるのは法月くらいだろう。

「イツキの点は安定している。そのイツキの名がなかったということは、その上に普段より得点アップした奴がいるということだ」

 法月に言われて、僕はスマホを使って数学Ⅱの成績上位五名の名を見た。

 こうした順位は掲示板に貼り出される以外にスマホでも見ることができる。しかも過去十年分くらい。それっておかしくね? 僕や法月が中一の頃の中間テストやら期末テストの上位名簿が残っているんだよ。ある意味黒歴史だ。

「えっと、一位九十五点が二人、星川漣ほしかわれん高原和泉たかはらいずみ、三位が香月遼かづきりょう九十三点、四位が九十二点で二人、幡野香耶佳はたのかやか灰庭雪舞はいばゆま

「性格の悪い奴ばっかだろ?」

「君が言うとはね」僕はつっこんだ。「君」と言えただけましだろう。

「星川はバケモンだとしても五点くらい高いな。イズミもそう。ユマのイリュージョンだってここまで効果抜群にならんでしょ。幡野妹もできすぎ。香月兄はどーかな……」

「偉そうだね」

「私の九十点もできすぎだけどね」法月は誇らしげに笑った。「とにかく、うまく対策をたてたものが結果を出したんだよ、私みたいに」ヘッヘッヘ、という顔だ。

 悔しいけど可愛い。いつもクールビューティだがたまにこんな顔をする。

「その対策を物理でもたてられなかったの?」法月は不貞腐れたように黙り込んだ。「おーい、法月さ~ん」

「だから今対策してるんじゃない、ちょっと頼りないけど」

「はいはい」

「『はい』は一回でいい」

 僕は法月に物理を教えた。補習課題だ。物理は積み重ねが大事だから中間テストの範囲をおろそかにして期末テスト高得点はのぞめない。法月はそれをわかっているから僕みたいな頼りない奴にでも教えを乞うのだ。

 ただやっぱり法月は賢い。僕が少し教えただけで補習課題は難なくクリアした。しばらくして僕はずっと気になっていた数学Ⅱのことを訊いた。

「それで結局、数学Ⅱの対策って何だったの?」

「ひたすら地味に勉強すること」こいつやっぱり性格悪い。「ただ、八十点はとれたよね。ヤマを当てることができれば」

「ん?」

「八十点分は副教材の問題集に載ってたじゃん? 解き方さえ知っていれば時間内に解くことができた」

 そう、数学Ⅱは試験問題の量が多い。その場で考えていたら時間が足りない。見た瞬間に解き方が浮かぶくらいでないと高得点はのぞめないのだ。

「ヤマ張ったのか?」

「生出たちのお蔭だよ」

「だからそれがわからないんだって」

「小テストの時に、生出たちは対策をたてた。どんな対策だった?」

「とにかく問題の量が多いから、できる問題を優先的に解く。午前中に行われた他のクラスの試験問題から常に出ている問題と一度も出ていない問題にヤマを張ったらどうかとみんなに提案した」

「それで底辺層の底上げができたのだよね?」

「ああ、極端に低得点の者が出ずにすんだ」

「それを見て小町先生はどう思ったかなあ。宿題を半分にしたクラスが半分にしなかったクラスと成績は変わらなかった。今度の中間テストはどうしよう。宿題の副教材を全部やった生徒が報われる方法はないだろうか」

「ああ、それで四番の問題が副教材のものだったのか」

 僕たちの学校の理系科目の試験は難しい。満点をとらせないようにいくつもの関門を設けている。それでいて赤点にならないような配慮もなされていた。

 四十点は簡単な問題だ。教科書や副教材の簡単な問題がそのまま出る。二十点は標準問題で副教材から標準問題またはやや難の問題がそのまま出る。ここをおさえれば六十点をとるのは簡単だった。

 そして残り四十点が入試の難問レベルの問題で、大きな問題が二題。たいていのやつは小問の(1)はできるが(2)や(3)までできないのだった。その難問二題のうちの一題が副教材の難問がそのまま出ていた。

「今回の試験範囲で、宿題を半分にしたせいでやらなくてよかった難問は三問しかなかった。それが出るのではないかとヤマをはるのは悪くないだろ?」

「しかし、副教材の難問は難しいから必ずしもできなくて良いって小町先生はいつも言っている」

「それはできない生徒はできなくて良い、であって、できる生徒はやれってことだよ」

「お前はできる生徒だったんだな」正確には、やればできる奴、だ。「解答は自分で用意したのか?」

 実は小テストの勉強会では難問ははじめから捨てていた。模範解答をつくるのが大変だったし、問題量が多いので、できる問題だけやろうということになっていたからだ。だから難問に模範解答は用意されていない。

「そんなのネットで検索すれば副教材の模範解答くらい見つかるだろう?」うむ、できる!こいつ。「答え方を用意しておけば四番は難問でもなくなる。それに一番から三番の標準問題も小テストとは逆のパターンで出ていたよ」

「全てのクラスに出ている問題と全く出ていない問題、ではなくて、その逆か?」

「それがわかっていれば時短になる。最後の五問目にかける時間が残される、というわけだよ、生出君」

「偉そうに……」

「尊敬してくれたまえ」

「そのスキルが全部の科目に発揮されたらな」

「ぐ!」法月は絶句した。「無茶を言うな」

「まさか、小町先生が、副教材を全部やった奴に報いるような温情を持っていたとは。情けのない冷徹教師だと思っていたよ」

「それはその通りだと思うよ。温情なんかじゃない。本人に訊いてみれば?」

「ヒマができたらね。それより、はやくやれ」

「はいはい」

「『はい』は一回で良い」憎たらしいから躾はちゃんとしておかなければ。

 とはいえ法月はやはりできる奴なのだ。数学の五問目は初めて目にした難問だったはずだ。その二十点の配点のうち十点は実力でもぎ取らなければならなかった。九十点超えの奴らはそれをやったということだ。

 法月は僕に教えられて、物理の課題を仕上げた。

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