眠り姫が目覚める時
「次に修学旅行の班決めです」
今日で決めきれるのかと思ったが、以前から何度も班分けの話が出ていて、ある程度仲の良いグループは班つくりを内々で決めていた。問題となっているのは僕のようなボッチ連中だ。実はそれが意外と多い。
修学旅行委員の説明で、日程の半分は班行動になっていて何をするのか、どこに行くのかがある程度自由に決められる。だからこそ班分けは重要だった。最悪の場合、喋ったことのない奴と、行きたくないところに行って、やりたくないことをしなければならない。
僕はとても面倒なことに巻き込まれそうな気がしていた。何しろ僕は学級委員だ。あぶれた奴と班を組むことを覚悟していた。まあ誰と一緒でも同じだけどね。
教室はうるさかった。陽キャ連中は何だか騒いでいて、班分けでもめていた。いやいつも一緒にいて話し合ってないのか? ここでまた揉めるなんてさ。
一つの班はタクシーに乗れる三、四人とされていた。もちろん男女は別々だ。たいてい三人構成だったから仲が良いグループを三人ずつ分けるとなるといろいろ問題が出るようだ。
僕と鶴翔さんも一旦自分の席に戻って、それからああだこうだやっていた。
その喧騒でようやく隣の奴が目を覚ました。いったいいつから寝ていたんだ?
「ん、球技大会のチーム分け、すんだのか?」今さらのようにそいつは言った。
「何だ、このやかましさは? 目が覚めたじゃないか」そう言ってそいつは口元のよだれをぬぐった。よく見る光景だが残念すぎる。
「もう球技大会の話はすんだよ」
「え? そうなのか」
「今は修学旅行の班分けでやいやいやってるんだよ」
「そりゃ大変だな」
「他人事みたいに言ってる場合じゃないよ、
「
「男女は別々だよ」
「何だ、つまらない。あたしは生出と同じ班で良いんだけどな」
円らな目をぱっちりと開いた白い顔は驚くほど美しかった。この美貌は、美少女が多いと巷で言われる御堂藤学園にあっても極上のレベルだ。いくら鶴翔さんが美人だといっても所詮は現実レベル。しかし法月は異世界の住人のようだった。
ただ、何かと残念すぎる。あまりにもひどい。せっかくのサラサラ黒髪ストレートがあちこち跳ねたアホ毛で台無しだ。口元によだれの乾きが少し残っている。そして毒舌。他者を寄せ付けない態度。「眠り姫」と言われる彼女は残念美人の典型だった。
その眠り姫は僕の右隣の席で、朝から放課後までほとんど突っ伏して寝ているのだ。僕は隣の席だし、学級委員だから一日一回くらいは彼女と口を利く。しかしクラスの他の奴らは週に一回も喋らないだろう。彼女はこの「げんき組」にあって究極のボッチだった。
「あたしが入る班なんてないだろ? 生出と同じで」
「同じって言うな」まあそうだけど。
「何ならボッチ同士同じ班、同じ部屋でも良いぞ。いつも勉強を教えあっている仲だしな」法月は気味の悪い声で笑った。
「いつもって、昨日からだろ」
中間テスト、法月は物理で十五点という得点をたたき出した。サッカーならクリスティアーノ・ロナウドかメッシというレベルだ(笑) バスケットでもよくやったレベルだろう。しかし物理だ。
法月は補習を受けている。そして物理部の僕が面倒をみることになった。
といって、法月が物理が苦手だとか劣等生というのではない。彼女はとにかくムラがある。今回の中間テストでも古文は学年五位以内に入っていた。その他数学Ⅱや英語でも九十点超えをたたき出したりしている。おそらく物理も期末で巻き返すだろう。その代わり中間テストで良かった科目は手を抜くに違いない。トータルで帳尻を合わせる奴だった。だから総合成績は並だ。ところどころ突出した成績をあげて目立つところが、全て中の上の成績の僕と違うところだ。
「それで球技大会、あたしは生出と同じサッカーで良いんだよな?」
「フットサルだよ」
「いなくなっても良いってか?」フラッと去る、じゃねえ。法月はフットサルを知らないようだ。
「あたしは三分逃げ回っているから生出に任せた」三分出なければいけないことは知ってるんだな。
「今は修学旅行の話だよ。どこかの班に入れてもらわないと」
「生出と二人でも良いぞ」こいつのおふざけには付き合っていられない。
僕は昔から法月にはいじられるのだ。法月との関わりも長い。中一の時からだ。今年でこの学園五年目だが今まで三度も同じクラスになっている。
法月の相手をしていたら沢辺先生が来た。
「法月さん、修学旅行の班は決まったの?」沢辺先生はずっと法月を気にかけていたようだ。
「いいえ」法月は不貞腐れたように答えた。
もちろん法月が不貞腐れていることは僕みたいに付き合いが長いか、よほどボッチの気持ちを理解しているかでないとわからない。おそらく沢辺先生にはわからなかっただろう。
「もし決まっていないのなら」と沢辺先生が後ろを振り返ると鶴翔さんと
「
「は?」
どうも賀村のグループは三で割ると一余るらしい。最もリーダー格の風格がある賀村が余るとはおかしな話なのだが、その時僕はそんなことを思わなかった。
すると横にいた鶴翔さんが法月に向かって言った。
「ねえ、法月さん、私と同じ班にならない?」
「は?」
まるで僕だ。法月は目を白黒させていた。実は法月は鶴翔さんみたいに裏表がなくキラキラ輝いている優等生がこの上なく苦手なのだ。眩しくて見ていられないらしい。法月は鶴翔さんの前では得意の毒舌も発揮できず、下を向いてしまった。
「なんで、私? ま、良いけど……」
「良かった。私、とても嬉しいわ」彼女の台詞に嘘はない。そういうキャラなのだ。
「どうせなら
「そうね、
僕は驚いて声も出なかった。
「きっと楽しい修学旅行になるわ」
「なるに決まってるぜ、
賀村はニヤッとして白い歯を見せた。
鶴翔さんと法月の班にはもう一人ボッチの女子が入った。当然のように僕と賀村の班にもボッチが一人。それが
修学旅行は十一月。半年先だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます