げんき組の

 その日のロングホームルームは学級会で、議案がたくさんあった。大雑把にまとめると球技大会と修学旅行なのだが、球技大会のチーム分けと修学旅行の班分けで大変な作業になる。いかに陽キャの多いげんき組といえど、グループ分けは紛糾するのだ。

 僕はその日、事前資料をひとりで用意した。鶴翔かくしょうさんが忙しくて手伝えなかったからだ。鶴翔さんはとても申し訳なさそうにいていたが、僕は鶴翔さんのそんな顔は見たくないので、快く引き受けた。そして他のクラスの学級委員の助けも借りて何とか資料を用意したのだ。

 これって球技大会実行委員と修学旅行委員の仕事じゃね?とは思ったけど、鶴翔さんが引き受けてきた仕事だから僕は文句は言わない。愚痴は心の中で呟く。

 鶴翔さんは手を広げすぎる。おそらくはA組の高原さんを目標にしているのだろうが、あんな化け物と張り合うなんてナンセンスだ。

 鶴翔さんは実はふつうの女の子なのだと思う。確かに容姿端麗、文武両道の大和撫子で、クラスの信望も厚い。しかしそれは鶴翔さんの日頃の鍛錬によるものだと思う。彼女は間違いなく人の十倍努力している。学園での彼女の姿はその努力の賜物なのだ。

 一方の高原さんは天才タイプだ。おそらくその実力の半分も見せていない。勉強も部活も学級委員の仕事も全て片手間にしていてあの成績だ。しかもまだまだ余裕があることを他人には気づかれないようにしている。その凄さを知っているのは中一の時に同じ班だった一部の人間だけだろう。今回の中間テスト総合成績四位だったけれど、本当は一位も狙えると僕は思っている。

 ある意味鶴翔さんも高原さんの凄さに本能的に気づいていて目標にしているのかもしれない。しかしいくら追っても追いつけない対象ってあると思う。でも僕はそれを鶴翔さんに言えなかった。これからも言えないだろう。何せコミュ障だし?

 話を戻そう。学級会は球技大会のチーム分けでもめていた。いや、もめるというのは大袈裟だ。陽キャ連中はもめたりしない。ガチャガチャうるさいのはいつものことだ。単になかなか決まらなかっただけだ。というのも、実はこのげんき組の半分近くを占めるその他大勢の生徒の割り振りがなかなか決まらなかったのだ。僕もその一人だったが、議事進行の一人として鶴翔さんとともに教壇に立っていたから目立たなかった。僕はいつも余った人間だ。

 球技大会はフットサルかバスケットの二択なのだから、それぞれにどちらかを選ばせて、まずは二つに分け、その後チーム編成をすれば良いと誰もが思ったが、誰がどっちにいるかを見てから決める奴が結構いた。その気持ちはわかる。

 スポーツ苦手な人間にとって種目は関係ない。誰と一緒になるかが問題なのだ。下手なプレイをして責める奴がいないか、そんなことが気になる。だから様子を見るのだ。

 沢辺先生はおそらくそれに気づいていたのだろう。有無を言わさず、まずはどちらにするか書いて、と小さな紙切れを事前に配った。僕と鶴翔さんも自分の席に戻って書いたのだ。その結果、三分の二がフットサルを希望した。

 うちのクラスは元気はあるが運動神経が良い奴が揃っているわけではない。口は出すが体はついてこない連中の集まりだ。フットサルとバスケットのどっちが好きかとか、どっちが得意かといったことではなく、どっちなら楽かという判断で決める。

 フットサルもバスケットも真剣にやっている人からすればどちらが大変とか楽とかないはずだが、素人は違うのだ。実は非力な人間にとってバスケットボールは重い。硬い。当たったら痛い。突き指する。それに真剣に走り回るとものの一分もしないうちに息が切れるのだ。

 それに比べてサッカーは、来たボールを向こうへ蹴るだけ。あとはうまい奴が何とかしてくれる。

 そんなこと言ったらバスケットも逃げ回って、あとの奴に任せれば良いじゃん、ていう意見もあろう。しかし意外にボールは回ってくる。蹴り返せば良いサッカーに比べてバスケットはパスをするにも力がいるし、その相手が見つからなければ自分でドリブルしないといけない。鞠つきが苦手な人間にとってそれは初めて自転車に乗る行為に等しい。というのは僕の持論だがそんなに間違っていないと思う。

 何の話だっけ? そうそう種目分けだ。フットサルの方が多かった。だからどうするか。別にぴったり半々に分ける必要はなかった。球技大会のルールでは全員が最低三分出場することが義務づけられ、男子は同時に二人までしか出場できないことになっていた。

 我が学園の球技大会は男女混合なのだ。もともと女子校だった学園が共学化した際に男女の親睦をはかるために始まったと言われている。それが今まで続いていて男女混合となっていた。だからフットサルもバスケットも五人ずつ出るのだが、男子は同時に二名までしか出ることができない。そのため頻繁に交代する。だからフットサルが三分の二でバスケットが三分の一でも球技大会のルール上何の問題もないのだが、少ない人数だとそれだけ出番が多くなる。慣れた人間なら良いだろう。しかし球技大会のもう一つのルール、サッカー部はフットサルには出られない、バスケット部はバスケットに出られない、というルールのために本職の人間はいなかった。スポーツ万能なら問題ないだろうが、うちのクラスにそういう奴は数えるほどしかいない。

「誰かフットサルからバスケットに移れないかな?」沢辺先生が言った。ただの話し合いなら鶴翔さんが言うセリフだが、議事進行をしているときは意見を言えない。学級委員が意見を出すのは最後なのだ。

「では私がバスケットに移ります」すぐに鶴翔さんが手を挙げた。

 さすがは鶴翔さん。彼女がバスケットに変更したので何人かが追随した。こうして半々に分かれたのだ。

 ちなみに僕はフットサルだった。鶴翔さんと離れ離れになったのは寂しいけれど、僕としてはフットサルの方が合っていた。

「チーム編成はそれぞれで決めてください」時間外にチーム編成をしてほしいと鶴翔さんがみんなに言った。

 ここで、ああだこうだ言っている時間はなかった。フットサルのメンバーであとで集まることになった。誰が中心になって決めるのか、僕は一抹の不安を覚えたが、どうやら賀村がキャプテンになってくれるようだ。バスケットの方は鶴翔さんがキャプテンになった。忙しいのに大丈夫かな。

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