快感になっていた
僕の体を助け起こしてくれたのは
「大丈夫か?」とか言いながら顔は思いっきり笑っていた。
「口は災いのもとだよ」僕は言った。
かつて戒めたはずなのにときどき悪い癖が出る。僕はコミュ障になったはずだ。
「何か地雷を踏んだのか?」
「彼氏できると良いですね」
「お前、そんなこと言える奴だったのか」賀村は大笑いだ。
「だって、期末頑張ってねーって言うから」
「それはエールだろ?」
「僕のもエールだ」
「面白いな」
「発破をかけられた以上、結果は出さないと。何とか最下位は脱出したい」
「その前に分析しないとな。いったいどこをいじればクラスの平均点が上がるのか。その見込みだな」
「
「いや、当たり前のことだろ。この上位五十位一覧を見る限り、俺たちのクラスに秀才はいない。
「じゃあ勉強会だな」
「参加してくれると良いねえ」こいつは出ないな。
「頑張れよ、期待してるよ」賀村はどれだけ本当にそう思ったのかわからないが、そういう挨拶をして去った。
僕も引き上げようとしたら、そこへ鶴翔さんがやってきた。ならば僕はそこにとどまるだけだ。
鶴翔さんはチアダンス部の女子数人と一緒だった。昼休みだからどこかで一緒にランチしていたのかもしれない。
鶴翔さんは取り巻きに褒められて照れていた。彼女たちは自分たちの部活に一桁ランカーがいることを素直に喜んでいるようだった。
「もっと上を目指したい」
鶴翔さんは向上心が強い。褒められて謙遜するのではなく、さらに努力するというタイプだ。きっと彼女の目は上位五人くらいを捉えていただろう。
二位、三位、四位はA組、五位はB組生徒だった。高原さんが四位にいた。あれだけ忙しく動き回って鶴翔さんのさらに上にいるところが凄い。
しかしこの番付で、見た者を最もざわつかせているのは一位だった。H組の星川。彼が、一年生の時の二学期期末、三学期、そして今回と三回続けてトップに立ったのだ。このペースなら二年生の総合成績でも一位になるだろう。これまで僕たちの学年で四年連続総合一位になっていた
鶴翔さんたちチアダンス部の女子が掲示板の前にたむろっていると真打ち登場というか、わざとらしく髪をいじって星川がやってきた。相変わらず彼はひとりだ。冷静に考えて奴はいつもボッチだ。奴が僕と違うのは誰彼構わず声をかけることができることだった。
「やあ、ビューティフルガールズ、何を見ているんだい?」掲示板に決まってるだろ。他に何があるんだ。
「あ、星川君」鶴翔さんが輝く目で星川を見上げた。
何となく尊敬の眼差し。鶴翔さんのそんな姿を僕は見たくない。でも成果を出した者を素直に讃えたり、敬ったりできるのが鶴翔さんなのだ。相手がどんなにいかがわしい野郎だとしても。
「今回も一位なんだね、凄いわ」
「たいしたことないさ、ボクは勉強くらいしか能がないから」
「そんなことないわよ、サッカーの練習試合でも活躍してたじゃない」
「何もできなかったよ」
「ううん、相手ディフェンダーを引き付けていた。星川君が囮になってあの一点が生まれたのよ」
それはそうかもしれない。さすがに鶴翔さん、よく見ているな。
「ブラボー、そんなことを言ってくれるのは君だけだよ」だよな。
「そんなこと……」ないって言おうとした鶴翔さんが声を失った。
あっと思う間もなく星川は鶴翔さんの手をとって、その手の甲というか薬指の付け根あたりにそっとキスをした。
それを見ていた周囲の者はみな凍りついた。星川が膝を落として屈んでいたことに気づいたのはその時だ。それくらい、それは早業だった。しかもとても自然な行い。慣れてなきゃできないだろ、ふつう。
「あの……、星川君」
「なんだい?」手をとったまま跪いている星川が鶴翔さんを見上げた。
「さすがに、これは、ちょっと……、こんな公衆の面前で」鶴翔さんは顔を真っ赤にしていた。
鶴翔さんのそんな顔を見たのは初めてだった。
「おお、つい昔の習慣で、はしたないマネをしてしまった」昔の習慣なのかい!
「ボクの敬意を示したまでだよ、鶴翔さん。何なら別の機会にまた改めて」こいつ、コロす。
「いいえ、他意がないのなら大丈夫」鶴翔さんはどうにか正気を取り戻したようだ。
まわりの女子たちは声を殺してキャアキャア言ってたが。このエピソードは静かだが着実に広まった。
こうして星川伝説は語り継がれていくのだ。
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